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【ハリーポッターとアズカバンの囚人】映画レビュー




 6/26に、【ハリー・ポッターとアズカバンの囚人】を見に行きました。

 本当ならその前の6/19の先行上映を見に行くはずだったんですが、チケットも買ってたんですが、残念ながら会社の都合でチケットをふいにしました(泣)
 この恨みは深く心に刻んで、子々孫々まで語り伝えようと……………(ってそこまでしなくて良い)


 で、日本公開日に何とか間に合う形で近所の映画館の最終上映に滑り込んだわけですが。


 意外だったのは人の少なさ。
 普段映画館で映画を見ることがあまりない人なので、時間帯とかによっても違うのかもしれないですが、映画が始まっても3/4位しか席が埋まってなくて、ちょっとびっくり……………
 でもインターネットで別の映画館の予約状況を見た時には同じ時間帯までのチケットは売り切れになってたので、ひょっとすると近所の映画館は【自由席】というのが逆にネックになったのかもしれません。


 公開初日→絶対混むよね→チケット予約しとこうか→じゃあ予約のできる映画館に みたいな。


 私も正直その映画館、予約が効かないんで「ダメだったら明日もう一回来るかー」と思いながら行ったので、割とその可能性は高いかもしれません。
 時間帯的に19:30上映と言うのもネックだったのかな?
 でもそのくらいの時間って若い人、稼動してますよね……………??
 いえ、うちの会社何もなきゃ21:00まで普通に働いてるんで、さっぱり世間の人たちのタイムスケジュールと言うのが判らなくて……………(滝汗)


 ま、結果として見れたんだから文句ないけど(そこか)


 15分前着で割とギリギリかなーと思ったんですが、そんな理由でチケットもすんなり買えてしまい、しかも映画館へのエレベーターもちっとも混んでいなかったため、さっさと真ん中ちょい上の自分的ベスト席を確保できて、映画が始まるまでは読みかけの本を淡々と攻略してました。

 って、『切り裂きジャック』(パトリシア・コーンウェル)なんですけれど。

 けっこう分厚い本なんですが、この本の前に読んでた『単細胞的思考』(上野霄里)の数倍の速度で読み進んでるんですよねー。
 ジャック・ザ・リッパーに心の底から楽しみを覚える女……………(遠い目)


 それはともかく、いざ映画が始まってみるとやっぱり『おさすが』ってカンジでした。
 さすがJ.K.ローリング。
 同列に並べるなんて恐れ多いことですが、やっぱりこの人みたいな文章とか物語を書くには、まだまだ気の遠くなるような修行が必要だねー、と……………


 原作は妹が持ってるので『復習』していく暇がなく、どんなストーリーだったかなぁ、と考えながらの鑑賞でした。

 初っ端はいつものようにダーズリー家から始まるんですが、ベットの中で魔法で明かりを灯し、ダーズリー叔父さんが来るたびに寝たフリをする、と言う事を繰り返して楽しんでるハリーに、逞しくなったなぁ、と言う思いと「魔法使って良いのかよ」という突込みが。
 だってほら、前回の【秘密の部屋】の時は休暇中に魔法を使ったからって、魔法省から警告を受けてたじゃないですか。
 それなのにそんなコトはなかったかのように魔法を使い、あげくにおばさんの無神経発言にキレて「風船にしちゃう」のにもう、こっちの方がドキドキしてしまいましたよ!!
 ダーズリー叔父さんの「魔法を使ったら退学のはずだ」って発言に思わず同意してしまったり(笑)


 まぁもちろん結果として退学にはならないわけですが。


 家から飛び出して黒い犬にあった場面を見て初めて「あ、ここでシリウスと会ってたんだ」と気付いた私は間抜けですか。
 そりゃシリウス、マグル界でのハリーの居場所知ってるわな。
 脱獄したらやっぱり心配になって「一目でも」って思うよな。
 ああ親心……………(感動)


 でも次のバスの場面で、原作だったら名前を聞かれてロンの名前を咄嗟にかたるんですけれど、映画では「お前なんて名前?」「まだ名乗ってない」「そっか」で終わったのが切なく寂しかったです……………
 あのあと実は「あの」ハリー・ポッターだと知ってバスの乗務員がアホみたいに感動する場面、密かに好きだったんですよねぇ……………(涙)

 勿論原作があの分厚さですからしょうがないんですけれど、ストーリーも変わってるところがちょっとあったりして、そういうのは良し悪しかなぁ、と。
 海外映画の常として、原作つきの映画は絶対〈原作を知ってる〉ことを前提にして作られているので、細かい設定とかつじつまとかは無視されてしまってるのは、ある程度はしょうがないと思うんですよ。
 今回の映画だってあれだけ削られてて2時間半以上の上映時間なわけですし。


 でもでもでも、ハグリットが魔法生物学の最初の授業で意味不明な軟体動物を育てさせる場面、あれは絶対に映像化して欲しかったんだよぉ……………(泣)
 思わず目を疑うホグワーツの生徒たちを見てみたかった。
 実際には最初の授業でいきなりヒッポグリフのバックビークが出てきて、ドラコ・マルフォイを蹴りつけてあっさり終わってしまいました。
 で、気付いたら裁判で死刑が決定していた上に魔法大臣と処刑人が怒涛のように押し寄せてきた。

 ちょっと即決過ぎませんか。

 バックビーク綺麗だったけれどね。
 これってどうやって撮ってるのかなぁ、といちいち思ってしまうのはきっと、大人の汚さってやつを知ってしまったからなんだろうなぁ……………


 あとはハリーのほうきが壊れて、新しいほうきをシリウスが送ってくれる部分。

 ファイアーボルトの送り主が謎でマクゴガナル先生に〈シリウスからかもしれないから〉って取り上げられる場面がなくなり、全てが解決した後に差出人不明の小包が贈られてきて中には新式のファイアーボルトとバッグビークの羽が……………って場面に変わってた。

 場面としてはこっちの方がショックが少ないし、今回はクィディッチの場面はその部分しかなかったから、ストーリーとしては困らなかったんですけれど。

 でも結果として後日、エクスペクト・パトローナムの魔法を覚えたハリーがやっぱりクィディッチの試合の最中、ディメンター(の格好をして現れたドラコ)に向かって見事呪文を唱えて撃退する、って場面が削られていたのは痛いなぁ、と思いました。

 意外とこの場面って、ハリーの成長と言う部分を鑑みても重要だと思いませんか?
 〈ディメンターによって試合を途中放棄させられたハリー〉が〈ディメンターを撃退して見事スニッチをキャッチした〉ことによって、ハリーは精神的に大きな成長を遂げるはずなんです。

 もちろんそれまでもルーピン先生との練習で、ボガートのディメンターは何度も退治してるんですけれど。
 でもクィディッチの試合中という〈とっさの場面〉に〈冷静にエクスペクト・パトローナムを唱えられた〉っていう実績が、後日の最大の見せ場である湖のほとりでのディメンターとの決戦に向けての大きな布石になってるんだと思うんですよね。
 技術だけじゃなくて〈自分は出来るんだ〉っていう自信、って言うか。

 これは入れて欲しかったなぁ……………ま、そうするとエクスペクト・パトローナムを練習してる場面も入れなきゃいけなくなるから、ますます映画が長くなるか……………映画ではルーピン先生との初めての練習の、二回目のトライで成功してました(←それも早すぎだよな)


 外出は特に描写することはなかったなぁ。

 今回の映画って、全てが〈対シリウス〉〈対ディメンター〉に向けられてて、肝心のヴォルデモートの存在ですら原作を知らない人間が見たら絶対覚えてないくらいにしか出てきません。
 ま、テーマはハリーの成長物語だったみたいなので、それはある意味正解なのかもしれませんけれど。

 でもハリーの成長にヴォルデモートは欠かせないでしょう。

 何しろ額の傷で繋がってる仲ですから(笑)

 でもヴォルデモートが希薄になっちゃった分スキャバーズことピーター・ペティグリューの存在も浮いたカンジになって、結論この人何しに出てきたのさ、みたいな。

 や、ハリーの両親の敵って言う立派な大義名分(?)はあるんですけれど、それすらものすごーくどうでも良い様な扱いになってまして、、映画の結論としては「ディメンターに打ち勝ったぞ!シリウスを無実の罪から救ったぞ!やった!!」みたいな。

 スキャバーズ、それなりに重要な役どころなハズなのに、いっそ笑えるほどに影が薄すぎる(苦笑)

 あ、でも俳優さんが恐ろしく個性的だったので、脳裏に一発で焼きついたことは間違いありません。
 一番印象に残ってるかも……………


 個人的に非常にショックだったのはドラコ・マルフォイ!!
 私、前作・前々作のドラコはものすっごく好みだったんですよ。
 将来有望そうで可愛い子、みたいな。
 それが今作でまぁ、育ちすぎだあんた、ってくらいに育っちゃって……………(号泣)

 しかも〈普通のヒト〉になってた!!

 ドラコ・マルフォイは確かにハリーのライバル、敵役って言う役どころを与えられてまして、常にハリーに突っかかってきては最後恥をかく、割とこちらをイライラさせるキャラクターであることは事実です。
 でも彼はマルフォイ家の息子で、本人もそれを自慢に思ってて、そして生まれながらに一種のカリスマ性を持ってる男の子ですよね。
 闇の王子さま、みたいな。

 多分ドラコは、仮想ヴォルデモートという役どころを与えられているんだと思うんです。
 今はハリーvs.ヴォルデモートという形になっていますけれど、私は最終最後これはハリーvs.ドラコという形式に凝縮されてくると思います。

 なぜってヴォルデモートの敵はダンブルドアだから。

 ダンブルドアvs.ヴォルデモートという対立がまず存在し、その過程においてハリーvs.ヴォルデモートという対立になって、結果としてハリーはそれに一旦打ち勝っているわけですから、この対立を繰り返すのは不自然かなぁ、と思うのですよ。
 であれば現状、ダンブルドアの後継者はハリーであることに間違いないのですから、ヴォルデモートの後継者と言う位置づけに立てるのはハリーの周りではドラコしか居ません。

 恐らくまず、最終決戦への布石としてダンブルドアvs.ヴォルデモートという対立が繰り返されるはずです。
 この対立でダンブルドアは死ぬか、瀕死の重傷を負って戦線から外れるでしょう。
 そしてダンブルドアから力かアイテムを受け取り、彼の意思を告ぐものと言う形でのハリーがついに名実共に救世主として魔法使い達の前に姿を現すでしょう。

 対するヴォルデモートですが、ダンブルドア戦でもはや肉体を維持できないほどに痛めつけられるか、次に訪れるハリーとの戦いで痛めつけられて再び姿を消すはずです。
 そしてヴォルデモートに肉体を乗っ取られる、あるいはヴォルデモートと肉体を共有する形でドラコが、ヴォルデモートの後継者としてハリー達の前に姿を現すのではないでしょうか。

 ドラコはハリーの周りの級友達の中で最も闇に近い存在です。
 決して相容れない存在、それでありながら惹かれてやまない存在、光と影のように正反対でありながら決して切り離すことの出来ない存在、それがハリーとヴォルデモートであり、同時にハリーとドラコの関係ではないでしょうか。
 逆にそういう存在でなければ、ドラコが画面に登場し、ここまでストーリーに絡んでくる意味はまったくないのです。

 彼は明らかな悪でありながらカリスマ性を持ち、ヒトをひきつける存在でなくてはなりません。
 ヴォルデモートもまたそういう存在であったはずです。
 純粋な恐怖だけでは、彼が〈死んで〉からもなおあれほど多くの人たちがヴォルデモートの復活を待ち望んだはずはありません。

 自らの利権なども絡んでくるでしょうが、ただそれだけのために〈死んだ〉とされた人間を〈いつか復活される〉と待ち続けることが、本当に出来ると思いますか?
 それこそがヴォルデモートのカリスマ性です。

 逆にドラコもまた、あれだけやりたい放題やっていてあくどい事もやっていて陰険ヤロウなくせに、彼の周りから人が居なくなると言うことはありません。
 常に人が居て、しかも増えていっています。
 それはドラコもまたヴォルデモートに通じるカリスマ性を兼ねていることの証明に他ならないはずです。

 で、結論何が言いたかったかと言えば、そんなドラコ・マルフォイがカリスマ性のカケラもない普通の人になってたのが、大変ショックだったと言うことなんですが(苦笑)

 いやホントに、役者変わりました?ッて言うくらいの違いっぷりですよ。
 それともホントに変わったんですか??
 彼があのドラコだとはどうしても信じられない……………というか信じたくない(笑)
 同一人物だとしたら、前作の撮影から今作までに、一体何があったのかしら……………


 もう一つショックだったのはルーピン先生の人狼(泣)

 ちっともかっこよくない〜!!
 何を期待してたんだあんたは、ってカンジなんですけれどね、でもやっぱりそういうロマンを求めるじゃないですか!!

 実物を見て違和感ありまくりです。
 異議申し立てです。
 広告に偽りアリです。

 ショックすぎて記憶から消し去りたい……………私に夢を返して……………(号泣)
 シリウスのアニメーガスは普通にかっこよかったのにぃ……………ι


 逆に個人的にお気に入りだったのはヒキガエルを抱えて魔女の鍋の歌を朗々と歌い上げた合唱団の皆様(笑)
 いや、歌詞見るとすッごいグロテスクなんですけれど、メチャクチャマジメな表情でしかも美声で歌い上げられるんで、そのギャップに惚れこみましたー。

 あれはねー、歌だけで聞いてもダメなんですよ。
 やっぱり画像がないと。
 最低一回はあの場面を見ておかないと、歌を聞いても本当の意味で感動できない(笑)

 や、歌だけでも綺麗ですけれどね、もちろん。


 ああ、なんか映画のレビューから程遠いものになりましたね(遠い目)
 気付けばドラコにだけ熱く語って他の登場人物には殆ど触れてないしι

 まぁ後の所はハーマイオニーますます可愛くなったとかロンますます情けなくなったとかディメンターがとかCGがとかセットがとか、細かいところなので割愛しますが(するなよ)

 DVDが出たらやっぱり買いたいですねぇ。
 ハーマイオニーの登場場面がどうしても、ネタはわかってるのに不思議で不思議でしょうがなかったんですよ。
 そこを重点的に見たいな、と。

 あとは、字幕を消して見る。
 今回の映画、割とセリフが簡単だったんで、何度か見ればヒヤリングできそうな感じなんですよね。
 実際字幕とセリフが違うーッ、て身悶えたことも何度か……………ι



 以上、私的映画レビューでした!!!





追伸
 映画が終わった後「えー、結局ハリーにほうきを贈ったヒトって誰だったのぉ?」と叫んだ、普通に映画だけを見てても判るだろうことを理解できなかった女。
 あなたは原作ウンヌン以前にちゃんと画面を見ることから覚えてください。
 バッグビーグの羽→バッグビークに乗って飛んで行ったシリウス・ブラック→贈り主はシリウス と言う単純明快な、伏線ですらない演出だったんだけど。
 そもそも映画を見る価値なし。
 以上。
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