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Memorial days 〜越野享&松島旭の場合〜



 俺にはいまだに判らない事がたくさんある。
 たとえばなぜあの日、あの汽車の中で俺は旭との〈未来の記憶〉を思い出す事が出来たのか、とか。
 あの時なぜ、よりによって旭が俺に側に居たのか、とか。
 まして一体なぜ俺はそれを許し、あまつさえ、いくらあの汽車の中で無気力状態に陥っていたとはいえ、旭と肌を合わせる事まで許してしまったのか、とか。
 判らない事を考え出せばもう取り止めもなくなってしまうから普段は考えない様にしているけれど、やっぱり時として俺はその事を思い出しては、ぼんやりと空を見上げたりして若者らしくない時間を過ごしたりしている。




 上手い具合に休講が重なった昼下がり、俺達はたまには豪華な飯でも食おうと、駅前の繁華街まで繰り出す事にした。俺達、と言うのは市立高ノ宮大学の法学部3年に所属するこの俺・越野享(こしの・とおる)と、同じく法学部3年の佐野幸邑(さの・ゆきむら)、それから人文学部3年に所属している松島旭(まつしま・あさひ)の三人だ。同じ学部の俺と幸邑の休講が重なるのは珍しくないにしても、違う学部の旭の休講まで重なるのは珍しい。
 となればここはちょっくら奮発するか、と言う話になった訳だ―――――まぁそんなこと言ったって、所詮学生の俺達じゃあ普段の学食Aランチ300円(税込)が繁華街の外れにある定食屋の日替わり定食ポテトサラダ付き500円(税込)に化けるのがせいぜいだったが。ま、たまには気分を変えるのも良い事だろう。
 ぽかぽかと歩くのに気持ちの良い日和を楽しんでいる俺と、やっぱり爺むさく「研究室に戻る前にお茶請けの饅頭でも買っていこうか」と店先のガラスケースを眺めながら呟いている幸邑の間で、一人で旭だけがずいぶん足取りも軽くて上機嫌みたいだ。もっとも旭と言うヤツは俺の知る限り、たいていにこにこと機嫌良さそうに笑っているヤツなんだけど。
 今日の上機嫌の理由は多分あれだな、普段は休講が重なるなんてないからいつも俺と幸邑だけで出かけるのが面白くなかったみたいだから、珍しく一緒に出かけられて喜んでるんだろう。
 旭と俺はまぁ、世間一般に言えば―――――男同士で世間一般も何もない気がするけど―――――恋人同士、と言うやつになる。しかも、俺にはあまりそういう自覚はないんだが、幸邑なんかに言わせると世間でも類を見ないバカップルに分類されるらしい。
 その半分の理由は、はっきり言って旭にある。こいつときたら所かまわず俺の側にべったり引っ付きたがるし、二言目には「享さん」だし、おまけにうっかり気を抜こうものなら往来でも俺にキスしようとする始末で、一体どこに羞恥心と言うものを置き忘れてきたのか俺は時々真剣に問いただしたくなるほどだ。
 もっとももう半分は、本気で旭にあきれながらもそれを拒めなかったり、止められなかったりする俺の責任、と言う事になるんだろうな…………あぁ、本気でため息が出そうだ。
 そんな俺の苦悩を一ミリも判ってない能天気な様子で、旭は目的の定食屋を見つけるとパアァッと傍目にも明らかに顔を輝かせた。

「享さん!あったよ!」
「…………そりゃあるだろうさ」
「越野、もし店が潰れていた場合を鑑みれば、あながち松島の反応も間違ってないと思うよ」
「すると何か幸邑、お前はいちいち目的の店が潰れてる事を想定して行動する訳か?」
「享さん、佐野に突っかかってどうするのさ」

 俺の言いがかりに旭があきれた様子で言ったが、そもそも原因はお前だと言う事を判ってるのか?ほら、幸邑が笑ってるだろうが。
 半眼になった俺を見てついに「ぷっ!」とはなはだ失礼に笑い出した幸邑は、ケタケタ笑いながら旭に向かって定食屋の方を指差してみせた。

「さて、松島。君の真価が問われる時が来たよ」
「………は?何言ってんの、佐野」
「まぁまぁ松島、大事な越野の為にひとっ走り、あの店に駆け込んで良い席を取ってみると、きっと越野は喜ぶだろうね」
「…………幸邑?」
「そうだろう、越野?」

 にやりと笑ってこっちを見てくる幸邑の視線と、「ホントに?」と尋ねているのがありありと判る旭の視線が、まったく同時に俺の方に向けられた。しかも旭の方の視線は―――――色々と余計な期待までかかってる気がするんだが。
 ああ、くそっ!間違いなくあの目は「ご褒美」を期待してるぞ!?ここんとこゼミの準備で相手してやってなかったもんなぁ。旭のとこのゼミは結構放任主義だから、俺が相手してやらなかったのでずいぶん暇を持て余してたみたいだし。
 俺は一瞬だったが真剣に悩んだ。確かにあの定食屋は割と安いから学生に人気で、昼間に行くと殺人的に混んでるのに椅子の一つも用意していないから、席が空くまで待ってるのは恐ろしく面倒なんだ。だが良いのか、俺?たかがそれ位の事、旭に「ご褒美」をやってまで楽をする意味があるのか?
 …………一体なにが悲しくてこんな健康的な昼下がりに不健康な悩みを繰り広げなきゃならんのか、真剣に悲しくなりもしたが。

「……………行ってこい、旭」

 結局断腸の思いで俺がそう言ったのは、ほっといても走って行きそうな旭に事後承諾を取り付けられるよりは、自分で決断した方がいくらかはマシだろう、と言う理由からだった。しみじみと後ろ向きな理由だが、決断しないよりはマシだ。
 けど、途端に満面の笑みを浮かべて「うん!!」と定食屋に向かってダッシュを始めた旭に、俺は即座に自分の決断を後悔した。なんだかこう―――――ものすっごいヤる気に満ちてるように見えるんだが……………
 やっぱりあいつの思ってる「ご褒美」ってアレの事だろうなぁ、と俺はぐったりと旭の後ろ姿を見送った。いや、俺もそう思ったからこそ真剣に悩んだ訳なんだが、なんかこう、不健全な青春を送ってるような気がしてならないんだが。
 一気に焦燥の色を濃くした俺を、幸邑がからかうように笑った。

「良い躾をしてるようで」
「………おかげさまで」

 半分以上は幸邑のせいで旭の躾を徹底しなきゃならなかった気がするんだがな…………
 思い返せばこいつはコトある毎に俺と旭をセットで扱い、あまつさえ旭をたきつけるような真似すらする、極悪非道のやつなのだ。いくら最初はなし崩し―――――というよりは割と俺もその気になって旭と寝たとは言え、ここまで泥沼にはまり込んだのは間違いなくこいつのせいだろう。
 おかげで俺は簡単に幸邑の挑発に乗って、下手すりゃどこまでも不健康に暴走しようとする旭を押さえる為に、あいつの躾に励まなきゃならなかったんだ!
 恨みがましく睨み付けると、やれやれ、と幸邑は肩をすくめた。

「松島に『知らない』って言われて泣きそうになってた越野が懐かしいなぁ」
「別に泣きそうにはなってないぞ」

 俺はしみじみとため息を吐いた。これだから昔からの知り合いってのは質が悪い。絶対に知られたくないような弱みを握られている上に、根も葉もない事実まで捏造するんだからな。
 だが、まぁ―――――幸邑の言う事にも一理はある。ちょうど3年前くらいになるんだろうか、俺達が高校3年生だった頃、俺と旭はまだ知り合いでも何でもなくて、不用意に声をかけた俺は旭にあっさりと「あんた誰?」と切り捨てられた事があるのだ。
 その時の事情は、話し出すと長い上に俺自身にもまだ良く納得できていない部分があるから省略するけど。とにかく俺達はとても特殊な状況で知り合い、非常に特殊な事情を経て、現在に至っている訳だ。
 その状況をあますことなく知っているのは、今となっては幸邑だけだ。厳密に言えばこいつも知っているとは言い難いが、少なくとも以前俺と旭が『知り合いでも何でもなかった』事を知っているのはこいつだけだった。
 少なくとも、その時俺がずいぶんとショックを受けた事は事実だ。何しろその直前まで俺は、今みたいに犬ころのようにまとわりついてくる旭しか知らなかったから。だからまさか、旭が俺を拒絶するなんて事があるとは思えなかったんだ。
 とにかく、その後の幸邑の協力の下で俺は旭と現在の関係を築き上げる事に成功した訳だが、その頃の事は今でも俺の中に重りのように残っている事もまた、事実だ。ふとした瞬間にその事を思い出して、思わず旭の姿を求めてしまう事も。
 まぁ―――――だから結局、俺の方でも旭が必要、って事になるんだろうな。悔しいけど。
 良いじゃないか、と俺の内心を見透かすように―――――こいつなら俺の考えが読めると言っても俺は驚かないが―――――幸邑がのんびりと呟いた。定食屋にたどり着いて群がってる人の群れをかき分けてる旭を面白そうに見ながら。

「越野は【松島】を取り戻したんだから、後はいくらでも悩めば良いさ。時間はたっぷりある」

 ああ、いつかもそんな事を言ってたな。時間はある、って。多分幸邑の口癖みたいなもんなんだろう。
 そうだな、とこっちに気付いて手を振ってくる旭に手を振り返しながら肯いた。時間はたっぷりある。少なくともそう信じられる程度に、旭は俺の側に居る。
 だけど、だから俺はこういう何気ない時間でも、大切にしようと思うんだ。あの汽車から降りる事が出来たのは、間違いなく旭のおかげだから。多分旭も一緒だろう。俺が旭をあの汽車から降ろさなければ、俺達の【今】はありえなかった。
 ―――――ああ、だから旭はあんなにも俺の側に居ようとするのかもしれない。俺が旭に「知らない」って言われたように、きっと旭も俺に「知らない」と言われた事があるんだろうから。俺が旭を確かめるように、旭は俺を確かめたいのかもしれない。
 なら旭。俺達が一緒に居るのが【特別】じゃない当たり前になるまで、とことん二人で居るのも良いかもしれないな。俺達が二人で過ごす日が【特別な日】じゃなくて、いつもの気だるい日常になる日まで。
 そんなくだらない事を考えながら俺は、今日の日替わりは何だろうな、などと幸邑と話し合っていたのだった。


.....fin.






取り合えず、私の書く中でもっともホモらしいホモ、という(自慢してどうする)

この話は、本編を書いてる時に私がちょっとうつ状態で、

友人Mに「この話もう終わろうと思う」と言って止められた過去があります。

お陰で未だに消化不良状態なんですが。

しかし、いま同じネタを心行くまで書こうと思うと多分『眠りの森のエデン』と同じか、

それ以上の長さになるような気がします。

享編はアレで終わりでもう良いから、今度は旭編とか書こうかなぁ。


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