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Memorial days 〜キリア&ナターシャの場合〜



「ナターシャ………」

 イリヤ小母さんが心底困り果てた様子で呟くのに、キリアもあわせて困った表情を作った。実際キリアも困っていたから、あながち場違いでもない。
 そんなどうでも良い事を考えながらキリアはコクリと首をかしげ、どうしようか、と自分の膝の上を見下ろした。そこには日が沈んでから月が昇るまでずっと泣き続けている、ふわふわと柔らかく輝く銀の髪がある。

「ウワアアァァーンッ!!」

 駄々をこねてみもふたもなく大泣きする小さな女の子に、キリアは本当に困ってしまって、ぽんぽん、と宥めるようにその柔らかな髪をなでた。いつもなら太陽や月の光を受けてきらきらと輝いている髪なのに、今はグチャグチャでちっとも省みられていない。
 小さな、可愛いナターシャ。村の誰よりも可愛いナターシャ。誰よりも屈託のない笑顔で笑い、誰よりもくるくる動き回ってみんなの笑いを誘う、【特別な女の子】ナターシャ。
 そんなナターシャがキリアの膝に取り縋って大声で泣き叫んでいるのは、とても悲しかったし、その原因がキリアにある事も解っていたので、キリアはとても困っていたのだ。
 ちら、と救いを求めるようにイリヤ小母さんの方を見上げてみたけれど、イリヤ小母さんはやっぱりキリアと同じように困ったような顔をして、眉を寄せておろおろとナターシャの名前を呼ぶだけだ。ナターシャはイリヤ小母さんが産んだ子供だからイリヤ小母さんが呼ばれたのだけれど、ナターシャの耳にはイリヤ小母さんの声なんてちっとも入っていないみたいだった。
 今度はちら、と反対側に座っているパルマ爺さんを見てみたけれど、パルマ爺さんもやっぱり困った様子で顔を曇らせている。村一番の物知りなパルマ爺さんでも、こんなナターシャを泣き止ませる方法は解らないらしい。
 二人の大人から助けてもらえない事が解って、キリアは今度こそ本当に困ってしまって、膝の上でわんわん泣いているナターシャの銀色の髪を見下ろした。ナターシャが泣いているから、キリアの服はもうぐっしょりと濡れている。
 なぜだかそのことを強く意識しながら、キリアはナターシャにそっと呼びかけた。

「ナターシャ?」
「ヒ…ック、ウ、フェ………ック…………キリアの馬鹿ぁ…………」
「ナターシャ」

 結局キリアもナターシャの名前を呼ぶしか出来ず、ますます困ってしまってぽんぽんとナターシャの頭をなでた。
 ナターシャは村の中でキリアに一番懐いている。何でか知らないけれども、大人たちの中でも子供たちの中でも【特別】なナターシャは、ちっとも特別なんかじゃないキリアが大好きだ。
 だから今だってこんな風に、キリアの膝にすがってわんわんと泣いているのだ。
 それを嬉しいと思う気持ちもあったけれど、こんな風に泣いているナターシャを宥められるのがいよいよ自分だけらしい、と言うのはこの間ようやく7歳になったばかりのキリアにはかなり、負担が重い事だ。
 キリアはどうしたら良いのか解らなくて、自分自身も泣きそうになりながら、ナターシャの銀色の頭をそっと抱きしめた。

「泣かないでよ、ナターシャ」

 その言葉をもう何回繰り返したかなんて、キリアはとっくに覚えていなかった。とにかくナターシャに泣いて欲しくないから、キリアは何度もその言葉を繰り返していたのだ。
 けれどもナターシャはキリアの言葉に、泣きすぎて真っ赤に染まった瞳を上げて、目の端からポロポロ涙をこぼしながら怒った様子でキリアを見上げた。

「だってキリアが死んじゃうもん!」
「死なないわよ」
「死んじゃうもん!山に入ったらみんな死んじゃうもん!」

 ―――――ウワアァァァ………ッ!
 それだけ言ったらまた悲しさが込み上げてきたのだろう、ナターシャはまた大声を上げてぼろぼろと泣きじゃくり始めた。ぺたんと床に座り込んで、天井に向かって声を張り上げ、ぎゅっと握った両手で涙をごしごしこすりながらわんわんと泣き続ける。
 また振り出しに戻った事を知り、キリアはついに困り果ててため息を吐いた。イリヤ小母さんとパルマ爺さんに一抹の救いを求めて視線を投げたが、それは同じように困り果てた視線であえなく裏切られる。
 村では7歳になったら、どんな子供だって仕事を持って村の為に働かなければいけない。そうしないととてもじゃないけれど食料が足りないし、食料が足りなければ生きていけないからだ。7歳以下の子供だって立って歩ける子供ならみんな、何かしら村の為に手伝いをしている。畑の草を抜いたり、アメンボ池でアメンボを取ったり、食べられる木の皮を集めてきたり、そんな事を。
 こないだ7歳になったキリアが与えられたのは、村を取り囲むように聳え立っている山に分け入り、山の恵みの果実をつんでくる役目だった。山の恵みは村にとって貴重で重要な食料であり、それをつむ役は当然村の中でとても大切な役だった。
 でも同時に、山に入るのはとてもとても危険な役目だ。だって山には恐ろしい獣が居るのだ。
 山の獣はこの村が出来た時から存在している。キリアも、ナターシャも何度も大人たちに聞かされたし、実際にこの目で山の獣がどんなに残酷な事をするか見てもいる。村から一歩出ただけで、山の獣は村人に襲いかかって引き裂くのだ。
 いかに山の獣に気づかれない様に山に入り、山の恵みをつんでくるか、キリアは何度もパルマ爺さんに聞かされたし、パルマ爺さんと一緒に山に入った事もある。キリアは今まで一度も山の獣を見た事はないけれど、パルマ爺さんは何度か獣に見つかりかけたことがある、と言っていた。
 そうしてキリアは明日から、パルマ爺さんの代わりにキリアが山に入って山の恵みをつんでくる事になっていた。代わりにパルマ爺さんは明日から、村の中で草の実をつんで暮らす事になる。
 キリアは、みんなには変だと言われたけれども、山に入るのがそんなに嫌じゃなかった。それはもちろんパルマ爺さんが言ったみたいに、運良く一度も獣に出会わなかったからかもしれないけれど、山には村に居ないような虫もいっぱい居て、キリアはそういう生き物たちを見るのが楽しかったのだ。
 虫好きのキリア。
 そう呼ばれているキリアにとって、山はどこか宝箱めいた印象すら持っていた。奥深く入ればまた違う、見た事のない虫が居るかもしれない、とわくわくしていたのだ。
 でも今日の夕食の時にパルマ爺さんが、明日からキリアが一人で山に入る事をみんなに教えた時から、ナターシャはこうしてわんわん泣き続けているのだ。自分の分の夕食にも手をつけないで、こうしてキリアの膝に取り縋ってわんわん泣くのだ。

「ナターシャ」

 山になんか行かないで、と泣き続けるナターシャの涙でガビガビになった顔を、同じように床に座り込んでキリアは覗き込んだ。途端、ナターシャがキリアの首のあたりにぎゅっとしがみついてくる。
 ふわふわの銀色の髪が頬をくすぐるのを感じながら、キリアはしがみついてくるナターシャの肩をぎゅっと抱きしめた。

「ナターシャ。大丈夫」
「……ック、ヒック、キリアァ…………」
「大丈夫、ちゃんと帰ってくるから」
「キリア、行っちゃやだぁ…………ッ」
「大丈夫だから、ナターシャ」

 ぽんぽん、とあやすように背中を叩きながら、ささやいた言葉に確信があったかと言われれば嘘になる。でもなんとなく、本当になんとなくだけどキリアは、大丈夫だ、という気がしたのだ。
 きっと、恐ろしい山の獣なんかに引き裂かれたりしない。キリアだけは大丈夫。
 もしパルマ爺さんがそんな事を聞いたら「みんなそう言って死んでいくんだ!」とやせてカマキリみたいに見える顔をクワッと怒らせただろうけれど、もちろんパルマ爺さんはキリアが考えている事なんて解るはずもない。
 それに本当に、なぜだか解らないけれど、大丈夫だ、と言う強い確信だけはあるのだ。
 だから小さな可愛いナターシャの背中を抱いて、大丈夫、と言う言葉をキリアは繰り返す。

「大丈夫、ナターシャ。ヤマモモは好きでしょ?ナターシャの好きなもの、いっぱい取ってきてあげる」
「キリア………キリア、死んじゃやだぁ………」
「ナターシャ、大丈夫」

 ぽん、ぽん、と一定のリズムでナターシャの背中を叩いて宥めながら、キリアは何度も何度も、大丈夫、と言う言葉をナターシャにささやき続けた。そのお陰だろうか、そのうち目に見えてナターシャが落ち着きを取り戻し始める。
 時々思い出したようにしゃくりあげながら、ぎゅっとキリアにしがみつき、行かせまいとするかのようなナターシャに、イリヤ小母さんとパルマ爺さんがやっぱり困ったような表情になったけれど、キリアは今度はイリヤ小母さんとパルマ爺さんの方を見なかった。
 可愛い、可愛いナターシャ。
 村で一番可愛い【特別な女の子】。
 絶対にこの子のそばに居て、守ってあげなくちゃ―――――小さなキリアはそう思いながら、自分よりも小さな女の子をずっと抱きしめて居たのだった。


.....fin.






やっぱり第二話が放置プレイ中の『古地図』シリーズより。

キリアは私の中でかなり変な子、と言う印象があるのですが如何でしょうか。

逆にナターシャは信じ込んだら一直線な女の子。

いい加減この話も続き書かなきゃな……………(死)


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