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017.ファーストフード




 特別行政自治区【高ノ宮市】は特殊な街だ。
 海岸沿に展開する街はそのまま街の背後へなだらかに隆起する豊麗山脈(ほうれいさんみゃく)へと続き、山脈中央の鷹深山(たかみやま)中腹から流れ出して街の南東部を洗っていく境川(さかいがわ)は穏やかに内海へと注ぎ込む。豊麗山脈を越えたところが高ノ宮市暮里町―――――維新後に発見され日本最後の秘境と呼ばれる旧暮里村。
 元々落ち武者が集まって出来た集落だったという暮里町は、高ノ宮市という行政区画に組み込まれながらも村としての独自性を保ち、未だに元村長家と鎮守神社の神主家が権力を持つ。古くは平安の時代からすでに存在したといわれ、そのせいなのかは知らないが暮里町の住人は皆関西圏の言葉を話しており、よそ者を徹底的に排除し続けてきた。
 そんな町に初めて棲む「よそ者」になろうと皆川五樹(みながわ・いつき)が決意したのは、どちらかと言えば勢いが勝っていたと思う。
 皆川十兄弟と言えば顔は知らずとも市内でも有名で、まして長男から順番に数字を冠した名前を持ち、上から順番に一人・双子・三つ子・四つ子の順番に生まれたとくればもう、存在自体が冗談のようなものだ。その三つ子の真ん中、世間一般で言えばそれでも次男として生まれた五樹にとって、人生とは生まれた時からサバイバルだった。
 両親は海外勤務で揃って不在、子供が産まれた時だけ日本に帰ってきて祖母宅に預けていくという徹底ぶり。5歳年上の双子の姉は揃って横暴で、5歳の時に増えた下の弟妹達はぎゃんぎゃん煩く、同じ三つ子の姉と弟は生き抜くに当たってライバル以外の何者でもない。結果として五樹のやすらぎは10歳年の離れた長兄であり、必要に迫られて家事全般をこなすに至った彼の手料理はまさしく【母の味】だった。
 だが、無論長兄とて学業その他プライベートもあり、完璧に家事がこなせる筈も無い。そんな訳で五樹が第二の【家庭の味】と好むようになったのが、困った事にジャンクフードの類であった。
 今日ジャンクフードと言っても侮ってはいけない。カップ麺から始まりレンジで暖めるだけのもの、湯を注ぐだけで良いもの、コンビニ弁当からデリバリーまで、味も種類も豊富でちょっと見にはジャンクフードとすら思えないものまで在る。皆川家の子供はこれらの食品を一通り嗜んでおり、一応栄養失調に陥る事もなく今日に至っていた。
 そんな中、五樹が最も好んだのはハンバーガーの類だ。有名どころから高ノ宮市にしかないようなマイナーな店まで、新作から何から一通りは手をつけている。何しろ、理屈ではなく好きなのだ。
 二日に一度は言い過ぎにしても週に一度は必ずハンバーガーを食べ歩いていた五樹が、同じくハンバーガーを好み制覇していた草薙悠里(くさなぎ・ゆうり)と出会ったのはもはや、必然だ。お互い店でよく見かけるな、と思っていたら進学した大学で再会し、以来二人でハンバーガーを食べ歩いているうちに何故か卒業したら一緒に暮らそうと言う事になって、祖母と二人暮らしだから部屋が余っていると言う草薙家に転がり込んだ。
 普通であれば家族から反対が出るものだと思うが、皆川家は前述の通り大家族であり、すでに四つ子の一人が他家に養子にいって出ていた為、むしろ歓迎ムード一色だった。対する草薙家の老婆も、悠里が気に入った人なら間違いはないでしょう、とこそばゆいほどの信頼で迎えてくれた。
 悠里はさっぱりとした性格で、それなりに周りの受けも良く、もてると言うほどではないが江嶋詩織(えしま・しおり)と言う彼女だってちゃんと居る。そんな中で五樹と同居しようと言うのだから当然ホモだの何だのと言うあらぬ噂も一時飛び交ったが、何せ気が合ってしまったのだからしょうがなかった。第一この同居は、詩織だって了承済みだ。
 よそ者に厳しい、と言われる暮里町だったが、意外な事に五樹は結構すんなりと地域に受け入れられた。勿論疎外されていると感じる事は在るし、悠里ですら伝統に関わる事にはその傾向が見られたが、そんなことは気にして居なかった。大体、そんな細かい事を気にしている様では、大家族などやってられない。

「実際、五樹のおかげで【村】の人間もだいぶ目が覚めてきてるんやで」

 悠里は時々、ご飯を食べてる時とかテレビを見ている時とか、その他にも色々思いついた時に、思いついたままに発言する。五樹も詩織もそれは判っているから、前置きもなくこんな発言が出てきた所でちっとも驚かなくなった。まして独特の、関西弁のようなイントネーションにも全く違和感が無い。
 何が、という視線だけ向けてがつがつと茶碗の中身を掻き込む。未だに自給自足に近い生活を送っている暮里町は、勿論米も自分の所で消費する分は自分の所で作る。これがまた美味しくて、一体どうして悠里がハンバーガーにあれほど傾倒しているのか五樹には判らないのだが、人にはそれぞれ事情が在るのだろう。

「お前が来るまではさ、やっぱどっか【町】の人間は信用でけへん、みたいなとこが在ったんやけどな。今神主様の奥様が育ちは【町】やし、随分マシにはなってたんやけど、やっぱ【村】の人間に変わりないし。そんな訳で五樹は今、最後の壁を崩しとるってことや」
「箸を振り回すなよ、きたねーなぁ」
「じゃかあしわ、そっちこそ米粒飛ばすな」
「飛ばしてねー」
「いーや、飛んできた」

 大体こういう喧嘩はコミュニケーションなので、一緒に食卓を囲む悠里の祖母もすっかり慣れてしまったらしく、嬉しそうに目を細めながらゆっくりと食事を咀嚼している。すでに80歳を越えている彼女の為に食事は全体的に薄味だが、それでも十分美味しいのはやっぱり素材が良いからだろう。
 五樹と出会ってから悠里は良い子になった、と頭を下げられた事が有る。何をした覚えも無く、ただ一緒にハンバーガー屋を巡って時々は詩織も混じって馬鹿騒ぎをして、結構大学も真面目に出てなかったし頭を下げられても困ると思ったのだが、それまでの悠里は滅多に笑いもしない子供だったと言うので、なんとなくそうですか、と肯いた。
 悠里は良い奴だと思う。詩織も女のくせに良い性格で、気を使わなくて良いので一緒に居て楽だ。そんな二人が付き合ってるのは、友達として嬉しい。
 そんな風に良い奴な悠里を引き出した原因の幾許かが自分に有るのなら、それはやっぱり嬉しい事だと思った。五樹の事も自分の孫みたいに分け隔てなく扱ってくれる悠里の祖母が、それを嬉しいと思っていてくれるのなら、さらに嬉しい。
 暮里町で暮らすのは面白いばかりでもなく、嫌な事だって結構あるのだけれど、そんなだから五樹はやっぱり、この町でずっと暮らせたらなぁ、と思うのだ。皆川家は五樹の大事な家だけれど、草薙家もそれに負けず劣らず、五樹にとって大事な存在になっている。
 この町で悠里と悠里の祖母と暮らして、暮里町にたった一つのコンビニで朝から晩まで働いて、時には市街の方にハンバーガー巡りに出掛けて、たまに遊びに来る詩織と三人で馬鹿騒ぎする。そんな生活をずっとずっと、続けていく。
 それはとても、気持ちの良い感覚だった。



 二年後、草薙家は老婆と孫夫婦とその友人の4人家族になる。


.....fin.






今回の話は書いててとっても楽しかったです!!

男の子の友情って憧れる部分がありますね。

なんていうか、立ち入れない二人だけで分かり合ってる領域、みたいな。

男の子から見ると女の友情もわかりにくいんだろうなぁ。

憧れてるかどうかはともかくとして。



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