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029.探し物



 天命大姐(ティァンミンダージェ)と彼女は呼ばれている。
 彼女には本来名前がない。正確に言えば彼女の種族が彼女を呼ぶ為の名前はあるが、それはこの世界の人間には発する事の出来ない音で構成されている。
 彼女はこの世界のヒトではない。全く別の次元からこの世界にやってきた夢幻のような存在であって、この世界のヒトである為の肉体を持っていない。
 彼女が元居た世界が何処であったのか、そんなことはこの世界のヒトには関係がない。同時に彼女がこの世界に存在する事は彼女の種族にとって関係がない。世界にとって彼女はそういう存在だった。
 天命大姐と言う名前はヒトの子が付けた。彼女の種族の中で彼女の呼び名が持つ意味を知ったヒトの子が、ならば天命大姐とお呼びしよう、とこの名を付けた。彼女はその、ヒトの子が付けた名前で呼ばれる事を気に入っている。
 彼女を天命大姐と名づけたヒトの子は、この世界に来て初めて出会ったヒトだった。気まぐれに相手の運命を見通してしまう力を持った、けれどもそれ以上のどんな力も持たない無力な子供だった。そしてその力ゆえに実の親にすら恐れられ、物心付く前に捨てられたと言う事だった。
 彼女は彼女に与えられた天命大姐と言う名前の御礼に、彼女の種族の言葉で彼に新しい名前を与えた。それは【星】という意味の名前だったが、やはりこの世界のヒトの子には発せない音で綴られた名前だった。それでも彼はたいそう喜んで、同じ意味を持つこの世界の言葉の、星辰(シンチェン)を仮の名前とした。
 星辰は天命大姐をとても大切に扱った。
 運命を見通し未来を予見する力を持つ彼にとって、その未来そのものを名に持つ天命大姐は女神そのものだった。星辰は己の力を疎んでいたが、同時にこれを上手く利用すれば莫大な権力を得るだろう事も知っていた。天命大姐に会わなければその様な道を歩んでいたかもしれない。
 天命大姐は星辰の心を変えた。
 天命大姐は無限だ。彼女の力には限りがなく、其れ故に彼女は力を制限する。彼女の望みは未来を動かす。彼女のどんな望みも叶えるべく、彼女を取り巻く未来は変容する。其れ故に彼女は、彼女自身の望む心を封じていた。
 天命大姐は未来そのものを真の名に持ち、未来そのものに干渉する力がある。けれども彼女自身は望みを殺した心の故に、未来はただ在るがままに流れ行く。天命大姐はそれを見つめ、送るだけ。
 星辰は、そんな彼女を救いたいと思った。彼は天命大姐の何も望まずあるがままを享受する姿に影響されたけれど、だからこそ彼女に彼女の心のままに望む喜びを与えてやりたいと思った。
 天命大姐は美しい女神だった。けれどもそれは虚ろな美しさだった。望むものを何も持たぬ、自らの意志も持たぬ美しさだった。

『天命大姐、日本に行きましょう』

 だから星辰はある日、彼女に告げた。天命大姐にこの世界の国の枠は余りにも小さすぎたが、それが星辰の住まう場所とは違う事を理解していた。
 ゆうらり、真意を視線で問うた天命大姐に、星辰は重ねて奏上した。

『日本に居る友人の樹氷(シュビン)が住まうのは、とてつもなく強い龍の気が湧き出す地だと言います。この世界の不思議に携わるものはヒトも魔も皆かの地を目指し、かの地は住まうもの全てに比類無き力を与えると言われております』
『・・・・・・・・・・・・・・』
『かの地―――【高ノ宮】に行きましょう。そこならば或いは逆に、天命大姐の御力を封じる技も在るやも知れません。天命大姐の御心を救う事が出来るやもしれません』

 天命大姐にとってそれは些細な事だった。彼女は存在したその瞬間からこのような在り方であったし、今となっては何かを望む方法すら遥かな霞の彼方だった。彼女はこの世界のヒトの何十倍も長生きをする種族で、それほどの長い間彼女は何一つ望みはしなかったのだから。
 けれども星辰がそれを望むのならば、叶えても良い、と思った。星辰が天命大姐と出会う前に知り合い、友と呼ぶ剣持樹氷(ジャンチ・シュビン)のことは、会った事が無くても良く知っていた。天命大姐にとってそれはひどく容易い事だった。
 樹氷は信頼に足る人物だった。各地を旅行して回るのが趣味だと言う男は、慣れた様子で己の名を星辰の言葉に変換して告げ、それで呼ばれる事に少しの嫌悪も示さなかった。その部分で星辰は彼を信頼していたが、天命大姐が彼を信頼に足ると思ったのはその魂の在り方だった。
 樹氷の魂は彼女の魂の在り方とひどく似ていた。己の望みのままに生きる性でありながら、在るがままを受け入れる男だった。天命大姐は己に似て非なる男の魂に触れ、その潔さを顕すようなその名に快さを覚えた。
 星辰が望み、樹氷が呼ぶかの地に、だから行っても良いと思った。
 どちらにしても天命大姐に望みはない。この世界は彼女の存在にはひどく卑小で、何処に居た所で大きな違いは存在しない。
 ならばそも、なぜ天命大姐は彼女の世界からこの世界にやってきたのか。
 その理由は誰も知らない。天命大姐ですらその理由を知らない。ただ彼女は此処に在り、この世界の未来を見つめる。彼女の持つ名の運命のもとに。



 だが実際に彼女が高ノ宮に訪れたのは、それよりはるかに後のことになる。


.....fin.






気付いたら高ノ宮市に来る前に終わってしまった力不足全開のお話。

おかしい……………最初に書いてたときは高ノ宮にいたはずなのに、

気付いたら大陸にいて『これから行こう』とか言い出してるし。

星辰、頼むよ……………

天命大姐はこう、この時点ではポーッとしてるだけの女の子ですので、あまりあてに出来ません。

いや、それが最大の敗因だったわけなんですが。



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