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031.UFOキャッチャー



 多分、愛されていたのだと思う。
 世間一般に理解されるものだったかどうかはともかく、それでも愛されていた事は間違いが無いのだと思う。
 けれども剣持桔梗(けんもち・ききょう)の心はいつも枯渇していた。誰かの温もりに飢えていた。愛されたいといつも叫んでいる自分を自覚していた。
 愛されていなかった訳じゃないと思う。
 父は桔梗の望みは叶えてくれたし、兄は必ず旅先の珍しいお土産を買ってきてくれた。けっして仲が良いとは言えない彼らが顔を会わせる時、その場には必ず桔梗が居た。逆に言えば桔梗が居なければ、彼らは寄り付きもしなかった。
 けれども桔梗はいつも一人ぼっちのような気がした。世界に見捨てられた気がした。誰も本当の意味で自分の側に居てくれないのだと思っていた。

「……………へぇ」

 相槌を返す男はプラチナの髪に朱金の瞳。磨きぬかれた黒真珠のような二の腕に彫られた太陽のタトゥー。足元に在る筈の影は、無い。
 コレが魔物だと知っていた。それもかなり力の強い高位の魔物だ。男が放つ圧倒的な力は周りに潜む陰を脅えさせ、闇に押しこごめている。その気になれば辺り一帯は一瞬のうちに塵に返るに違いない。
 高ノ宮にはこういう魔物が多く棲んでいる。古い伝承では本来この地は人間のものではなく、太古より跋扈していた魔物の王国が在ったと聞く。その名残か今でもこの地には魔物や妖怪が多く潜み、彼らの力の片鱗を受け継ぐ人間も多く生まれる。
 桔梗もまたその一人だ。彼女は昔からこういう魔物を良く見た。魔物は不思議と彼女を愛し、彼女に尽くした。父からも兄からも真実の意味で愛されない桔梗にとって、彼らは彼女の唯一の理解者と言っても良かった。

「それでお前は闇を求めるのか」
「そうよセドリア、闇の王子。私を愛してくれるのはあなたたち魔物だけ」
「そうだな。俺達にとってお前は芳しい光の華。お前を愛し求めるのは俺達の本能。お前は俺達を惹きつけて止まない」

 セドリアと名乗る魔物に会ったのは2年前だ。息詰まる屋敷から抜け出し、けれども剣持の娘と言う事で友達なんて一人も居なくて、行く場所も無くさ迷い歩いた路地裏に彼は、闇を従えて孤高の王のようにそこに在った。足元には血塗れの肉塊が転がっていた。それがヒトのなれの果てだと言う事に気付いたにも関わらずうろたえもしなかった桔梗を見て、血の赤に彩られた魔物は美しく微笑んだ。
 桔梗にとってはセドリアこそが神だ。彼女を救う唯一の光だ。彼は彼女が何者であっても眉も顰めない。嫌悪しない。卑しめない。彼女の言葉を無かった事のように流したりしない。
 セドリアは何処にでも居る。呼べばセキュリティが万全の屋敷の中にすら現れる。けれども桔梗がセドリアを呼ぶのはいつも外だった。それもヒトの欲望や悪意が渦巻く場所が多い。彼ら魔物にとってそういう場所がもっとも好ましいのだと聞いてから、桔梗は曰く付きの路地や怪しげな喫茶店や、そういう所に出入りするようになった。
 今日は薄暗いゲームセンターの奥まった場所。父や兄は自分がこんな場所に出入りするような娘になったと知ったら、どんな顔をするだろう?

「お前は心無いヒトに傷付けられ、苦しんでいる。それを判ってやれるのは俺達魔物だけ。俺達だけがお前を理解できる。俺達だけがお前を愛してやれる」
「そう・・・・・・そうよ、セドリア。あなたたち以外の誰にも私の苦しみなんて判らない」
「そうだ。お前の苦しみを知るのは俺達だけだ。お前の悲しみを、お前の憤りを、お前の心を理解しているのは魔物だけだ」

 セドリアの言葉は心地良い。魔物は偽善なんて言わない。魔物は優しい。桔梗の本当に求める言葉だけをセドリアは的確にくれる。まるで彼女の心を読み取っているように。
 それは逃げているだけだと、兄は言うだろうか。

(でもお兄様は居ない)

 愛されていないとは思わない。屋敷に居る時はいつも桔梗の側に居てくれるし、旅に出る時には一番の友人の濱秋雨月(はまあき・うげつ)に桔梗の事を頼んでいく事も知っている。旅先から頼りを欠かした事はないし、毎日必ず連絡をくれるし、兄が旅から帰ってきた時の荷物の殆どは桔梗へのお土産で。
 雨月は言っていた。兄と交わす会話の殆どは桔梗のそれで占められているのだと。兄にとって桔梗は自分自身よりも大切な存在なのだと。愛されているのだと。
 でも兄はいつも旅に出てしまう。剣持の屋敷が耐えられないと逃げていく。桔梗を置き去りにして行ってしまう、半分はその罪悪感からお土産を買ってきて、連絡を取ろうとしているのだと言う事を、桔梗は知っている。
 愛されていないと思わない。ただ桔梗にとって大切なのは、遠くへ行ってしまう兄ではなく、側に居て心地良い言葉だけをくれるセドリア。愛すべき闇の王子、ヒトを食らう魔物の方なのだ。

(だってお兄様には雨月さんが居るもの)

 一番の友人。剣持の家の者だと知ってもなお付き合いを続けてくれるヒト。他にも各地を旅する兄にはあちこちにたくさんの友人が居て、そういう人からの手紙を受け取るのはいつも一人残される桔梗。
 彼女には誰も居ない。誰もが剣持の娘と言うだけで彼女から離れていく。彼女の背後にある父の影を嫌悪し、彼女を疎む。
 魔物だけが彼女の側に居てくれる、彼女を彼女のまま愛してくれる唯一の存在なのだ。

「ねぇ、セドリア。私はあなたにとっての何?」
「お前は光。得難い輝き。魔物を惹きつけて止まぬ芳しき華」
「セドリア、私の側に居てくれるわよね?」
「無論。お前が許す限り俺達はお前を慕い、お前に侍る為にこの世に在る」
「ずっと?」
「永遠に」

 桔梗は知ってる。セドリアはヒトを食らう魔物だ。魔物にとってヒトへの至上の愛はヒトを食い殺す事。血も肉もすべて身のうちに取り込んで初めて魔物はヒトへの愛を昇華させる。それ以外の愛など魔物は知らない。

(その衝動に耐えてるの?それとも私を食いたいほどには私を愛していないの?)

 問い掛けながら、それは無意味な事だと嘲笑した。セドリアがどんなつもりでも、桔梗に彼を逃がす気なんて最初から無い。手放すなんて考えられない。だってセドリアが居なくなったらまた桔梗は一人だ。そんなこと耐えられない。
 愛されなくて良い。側に居てくれて、桔梗を理解してくれて、桔梗に偽りの心地良い言葉を囁いてくれるだけで良い。桔梗はそれだけで満たされる。世界に見捨てられていないのだと信じられる。
 桔梗がセドリアを捕まえるか、セドリアが桔梗から逃げ切れるか。
 これはゲームだ。ゲームには布石が必要。先行投資はどんな物にだって必要。その為にあらゆる手を打っておく事を、学んだのは皮肉な事に父のやり口からだったけど。

(私はあなたを掴み取る)

 幾つもの雑多な存在からただ、セドリアだけを。プラチナと朱金の輝く魔物を。闇を従える孤高の魔物、闇の王子をこの手に捕らえる。
 その為の布石は、もう完成しているのだから。



 ゲームの真の勝者は誰だったのか、それは闇だけが知っている事だった。


.....fin.






相当テーマと中味が乖離していた今回の話。

桔梗ちゃんはお気に入りでして、別小説でもかなり可哀想な役回りです。

そのうち普通にアプ出来たらと思いながらきっとメルマガ用のストックに回されそうな予感(死)

セドリアは何となく思いついたキャラクターではありますが、裏設定を考えているうち、

妙に可愛く感じられてきた子です。

いつかまた書きたい予感。



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