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056.脇役



 さて、とケイト・アングレラはおっとり首をかしげ、目の前に座ってガチャガチャと行儀悪くストローをかき回している少女を見つめた。これは彼女が機嫌が悪いときの癖らしい。それはみっともない癖かもしれないけれど、彼女がするとなぜか愛らしく見える。
 だがそんなケイトの眼差しにはちっとも気づかない風で、ケイトより二つ年下の少女は不意に前触れもなく手を止めると、きろ、とケイトの顔を睨み上げた。

「―――――先輩、聞いてます!?」
「ええ、それはもちろん聞いているけれど………」

 ひょい、と肩をすくめてホットコーヒーに手を伸ばす。

「そんなことを言ったって、しょうがないでしょう?あなたのお兄さんの人生は、あなたの思い通りには進まないわ」
「そうかも知れませんけれど!!でも17歳ですよ!?私より一つ年下で、兄貴なんか6歳も年下なのに!」
「そのくらいの年齢差は珍しくはないと思うわ?」

 冷静にそう指摘すると、再び少女は「そうかも知れませんけれど!!」と罵った。話しているうちにまた怒りが湧き上がってきたのだろう、ガチャガチャと激しくグラスをかき回す。
 やれやれ、とため息を吐いた。
 つまりはこういう事だ。ケイトの高校のクラブの後輩の一人に、皆川三波(みながわ・みなみ)という少女が居た。彼女には兄と姉が一人ずついて、それに加えて弟が五人に妹が三人という非常な大家族だったのだが、つい先日そのたった一人の兄に遠距離恋愛の彼女が出来たらしい。
 皆川十兄妹と言えば、高ノ宮市内ではちょっとした有名人だ。そもそも少子化全盛のこの時代に十人もの兄弟姉妹が存在する、と言う事実だけでも注目に値するが、さらにその上特徴的なことには、その兄弟構成が上から一人、双子、三つ子、四つ子と数を踏んでいる上に、名前も上から順番に一から十まできっちり数字を振られているのである。これに注目せずに、いったい何に注目すればよいと言うのだろう?
 ましてこの兄弟姉妹は、お互いの結束が非常に強い、らしい。他人に過ぎないケイトの目から見ても、後輩の三波は兄弟姉妹たちのことをひどく大切にしているようで、ことあるごとに彼らの名前を出すものだから、すっかり家族構成を覚えてしまったほどだ。
 それ以外にも、たとえば兄弟たちの性格だとか、思考だとか、趣味だとか。そんなくだらないことを、まるで本当の自分の兄弟姉妹であるかのように覚えてしまったのは、三波があまりにも嬉しそうに彼らの話しを口にするからだった。
 ―――――だが。

「その………英由梨華(はなぶさ・ゆりか)さん?一号さんの彼女だって言う女の子に、何か問題あるの?」
「ありませんよ!!七の友達ですもん」
「じゃあ良いじゃないの」
「でも気に入らないんです〜!!」

 先刻から三波はこの堂々巡りなのだ。偶然買い物に出かけた先で出会って「大切なご相談があるんですけれど、今ちょっとお時間いただいても良いですか?」なんて深刻な顔をするから、いったいどんな出来事が起こったのかと思えば、である。
 ようは兄の心を奪った年下の少女への、純粋な嫉妬なのだ。今までずっと傍にいてくれた兄が、突然遠くへ行ってしまったかのような不安。ましてその相手がまったく見も知らない相手ならともかく、妹の年の離れた友人だと言うのがまた腹が立つらしい―――――そんなことを言って、本当にまったく見も知らない相手が彼女になったなら、それはそれで腹が立つのに違いないのだけれど。
 兄はいないけれども、弟ならいるケイトにはなんとなく、三波の気持ちは理解できる。兄弟と言うあまりに近すぎる間柄だから、相手のことを全部理解しているような気持ちになってしまって、時々不意に自分がまったく相手のことを理解していなかったことに気づかされて、焦燥に駆られるのだ。
 トロリ、と意味もなくコーヒーにクリームをたらした。ふわりと広がる白と黒の境が曖昧になっていく様を、不思議なものを見るように見つめる。

「ねぇ、皆川さん―――――一号さんは、その女の子と交際をしているからって、皆川さんに何かひどいことでもしたのかしら」
「そう、じゃないです、けど………」
「じゃあ、ね。逆に皆川さん、一号さんでも他のご兄弟の方でも良いけれど、もし皆川さんが一生懸命にやっていることを理解してくれなくて、ずっと反対され続けていたら、皆川さんはきっと、悲しいのじゃないかしら」
「そ……れはそう、かもしれないですけど………ッ」

 多分そんなこと、三波にだってわかっているだろう。兄が兄の人生を歩むのは兄の勝手で、さらには兄の責任だ。三波の人生があくまで三波のものでしかなく、他の誰にだって本当の意味で口出しする権利がないように。そして、その代わりに三波が最終最後、三波の人生に対して責任を負わなければならないように―――――
 そんなこと、理屈ではいやと言うほどわかっていて、けれども納得しがたいのが人間と言う生き物だ。ケイトがかつて、弟に対してそう感じたように。弟の人生は弟のものに過ぎないのだと、わかっていてもつい口出しせずには居れないように。
 ギリッ、と唇を噛んだ三波に、かすかに微笑みかけながらコーヒーに口をつける。やや入れすぎた感のあるクリームは、けれども口当たりだけはひどくまろやかだ。
 あのねぇ、とおっとり呟く。

「皆川さんが一号さんの彼女を気に入らないのは、きっと当たり前のことだと思うの。だって皆川さんはご兄弟の中じゃ、二号さんと二人で、一番長く一号さんの傍にいたんでしょう?まして一号さんがその彼女さんに会ったのは、つい最近のことなんだもの。きっと皆川さんのほうが彼女さんよりずっとずっと、一号さんのことをよく知ってるわね」
「…………」
「だからね、納得はしなくて良いのじゃないかしら。今無理やり納得しようとしたって、そんなの絶対無理でしょう?そんなの、しなくたってかまわないと思うわ。でも、その彼女さんとお付き合いするようになって一号さんが幸せになったのか不幸になったのか、それはきちんと見届けてあげなくちゃね」
「………兄貴が?」
「そう。それでね、時にはその彼女さんに、皆川さんの知っている一号さんのことを教えてあげたって良いと思うわ。だって絶対彼女さんより、皆川さんのほうが一号さんのことをよく知ってるんですもの。―――――彼女さん、七号ちゃんのお友達なんでしょう?皆川さん、七号ちゃんはものすごく人見知りだけれど、人を見る目は絶対確かだ、って言ってたじゃない」

 ケイトの言葉に、むすっと三波は黙り込んだ。ケイト自身、自分の口にした言葉がかなり偽善に満ちたものである、と言う自覚はちゃんとある。けれども、三波と同じような出来事を乗り越えてきたケイトにとって、それは真理だ。
 大好きな相手の大好きな相手だから、きっと大好きになれる。その瞬間は自分に言い聞かせているだけの意味のない言葉でも、そのうちそれはある瞬間、強力な魔法に変身する。大好きな人が大好きな相手だから、自分も大好きになれる。
 ―――――しばしの沈黙の後、はぁ、と三波がため息を吐いた。

「どうも先輩と話していると毒気が抜かれます―――――おまけに先輩にかかると、一号とか二号とか、うちの家がまるでナントカ戦隊になったみたいで」
「だって、それが一番判りやすいんですもの?」
「わかってますよ。私だって下の子たちは全員数字で呼んでますし。でもこう、改めて聞くと、異常ですよね」

 そうなると私は三号かぁ、と天井を仰いだ三波に、そうねぇ、とケイトはおっとり頷いた。



 そのあと後輩の兄と彼女がどうなったのかも、ケイトは知らなくて良いこと、だった。


.....fin.






ケイトさんはあんまり良い人にはしないようにしよう、と思いました。

なんか、弟が聖女みたいにあがめてるお姉さんだけど、

ほんとはぜんぜんそんな良いお姉さんじゃなくてもっと普通の女の子だったのよ、みたいな。

そんなことを考えてたら三波ちゃんがうっかり大活躍です。

彼女はWeb拍手小説にもこっそり顔を出しています。

皆川家はどうやら女傑が多いようです。



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