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076.愛情表現



「そー言えばこないだ、優君見たよ」

 友人の村上真紀(むらかみ・まき)の言葉に、へぇ?と緑谷香(みどりや・かおる)は気のない相槌を返した。視線は手元の雑誌に落としたまま、左手でカラカラとグラスを混ぜるストローの動きにも変化はない。

「どこで?」
「駅前の映画館。なんかくりくりっとした可愛い女の子と一緒だった」
「ふぅん」

 それは初耳だ、と思いながら香は雑誌を区切りの良いところまで読み進めると、ようやく視線を雑誌の上から向かいに座る真紀の上に移した。サンドペーパーを取って仮のしおり代わりに挟んで雑誌を閉じ、なんとなく混ぜ続けていたミックスジュースのグラスを引き寄せてストローに口をつける。
  そのいかにも興味なさげな態度に、はぁ、と深くため息をついて、真紀は面白くなさそうに頬杖をついた。頃合よくランチセットのオープンサンドが運ばれてきたのをチラッと見て、香の前にまだ注文の品が届いてないのを見るとまたため息を吐く。
  先に食べれば、と勧めると手を振って「待つ」とジェスチャー。
  先に運ばれてきていたアイスコーヒーに口をつけ、真紀はしみじみと呟いた。

「ほんっと、あんた達って仲悪いよね。双子なのにさ」
「別に、そうでもないでしょ?男と女じゃやっぱり自然と話も合わなくなるし」
「そっかなー」

 納得しない風の真紀に、そうよ、と香は頷く。
  緑谷優(みどりや・まさる)、というのは香の双子の兄だ。二卵性の双子というのは普通の兄弟と同じだから一卵性の双子ほど顔が似ていないことが多いらしいが、その法則は優と香の間にも当てはまる。
  実際、香自身、優と見比べてみても似てない双子だと思う。周りの人間から「ごきょうだい?」と聞かれるのがむしろ不思議なほど、優と香の顔は似ていないと思うし、多分優だってそう思っているだろう。
  だがそれでも、昔はひどく仲の良い双子だ、と言われたものだ。幼稚園の時分から出かける時は二人一緒が基本だったし、優の友達は当然のように香の友達で、香の友達もまた当然のように優の友達だった。優と香の生きる世界はほとんどの部分で同一で、それを不思議にも思っていなかった。
  その関係が変わった最初のきっかけは多分、中学校にあがって香と優の部屋が分けられた時だ。さすがにお互い持ち物も多くなってきて手狭になっていた感はあったから、個室が与えられたことには純粋に喜びを覚えたものだけれども、それまでと同じように一緒の部屋で寝ることまで禁止されればさすがに、自分たちがいけないことをしているのかな?という不安も覚えるというものだ。
  そう、小学校の頃までは、優と香はいつも同じ部屋で寝ていた。お風呂も「一緒に入っちゃいなさい!」と言われるのが常だったのに、中学校にあがったら「もう大人なんだから」と怒られた。
  なぜそんなことを言われるのか、なぜ怒られなければならないのか、それは優と香が「男と女」だからだと言われても容易に納得なんてできなかった。今まで一緒にいたものが、突然傍らから消えてしまって、不安でしかたなかった。まるで世界からいじめられているような気が、した。
  けれども、慣れ、と言うものはどんなものにも存在するもので。
  大体世間一般、双子でいつまでもべったりと引っ付いているのは「おかしい」らしい。まして香と優のように男女二卵性の双子が、中学生になってまで一緒に買い物や映画に出かけたり、仲良くしているのはとても変なことらしい。
  周りからそう言われると不思議なもので、香も優もなんとなく相手と一緒にいるのが恥ずかしくなって、自然と家を出る時間をずらしてみたり、目が合ったら気まずくそらしてみたりするようになった。最初はぎこちなかったそれが気がついたら習慣になって、今じゃあ顔を合わせてもろくに話もしないのだから大したものだ。つくづく、周りの目とは恐ろしい。
  理屈では多分、納得したわけじゃない。ただ周りからそう言われ、そういう目で見られるうちに、そういうものなんだ、と頭の中に刷り込まれてしまったのだ。だから今じゃ、たまに家で顔を合わせても、一体何を話したら良いのか判らなかったりする。
  なのに世間ときたら現金なもので、いざ二人が別々に行動するようになるとまた逆に、双子なのに仲が悪いなんておかしい、と言い出すのだから始末におえない。今更そんなことを言われても、もう元になんて戻れないのに。
  そんなことを思いながらミックスジュースを飲む香に、真紀はまだ納得できていないような表情をしたけれども、これまた折りよく香の日替わりランチセットが運ばれてくると、今までのやり取りなんて忘れたようにナイフとフォークを構え、自分のオープンサンドを攻略し始めた。このお店のオープンサンドは美味しい、と学生の中では評判で、真紀もひどく楽しみにしていたから、すでに目の前のお皿に夢中になっているようだ。
  そんな真紀に、カチャ、と同じようにフォークを取り上げながらそっと言葉を添える。

「でも、別に私と優は、仲が悪いわけじゃないのよ」
「そなの?」
「うん、そうなの」

 半ば上の空の言葉に、苦笑しながら頷く。
  優と香は、仲が悪いわけじゃない。ただ昔のように、寝ても覚めてもお互いの存在を感じるような仲の良さ、と言うものを思い出すのが難しくなってしまっただけだ。どうやって相手と対すればいいのか、その方法を忘れてしまっただけなのだ。
  だから香は大学生になってからは毎朝、出かける前にコンコンと軽く二回、優の部屋のドアを叩いていく。それは優が、毎晩遅くまでバイトをしているから朝がなかなか起きられない、と言っているのを偶然耳にしたからだった。
  香と違って専門学校に進んだ優は、香が出かける頃に目を覚ませば頃合良く学校に着くことができる。かと言って今更「起こしてあげようか?」だの「目覚まし増やしてみたら?」だの、一体どんな顔をして言えば良いというのだろう。香が逆の立場だったら間違いなく、優の頭がおかしくなったのか、と疑うはずだ。
  だから代わりに毎朝、ぐっすり眠っているのだろう優の部屋のドアを叩いていく。起きたかどうかなんて確かめやしないけれど、母親がこの前「最近優の寝坊が直ったみたいで良かったわ」と言っていたから、きっと起きているのだろう。昔から優は、目覚ましみたいなやかましい音では起きないくせに、香がドアを叩いて起こせばすぐに目が覚めたから。
  優が香の行動に気付いていないわけはないと思う。たまに顔を合わせた時に何か言いたそうな顔をすることがあるし、優の部屋のドアを叩いて家を出た後、たまたま忘れ物を取りに引き返したら、起き抜けの優と顔を合わせて気まずいような照れくさいような状況になったことだってある。この状況で気付かないほど、優は鈍くはないはずだ。
  それでも何も言わないのはきっと、優も香のことを嫌いではないからだと、思う。
  だから二人仲の良かった昔を懐かしむように、そして「今でもちゃんと優が好きだよ」と言う代わりに香は毎朝、優の部屋のドアを叩く。それは香の大切な日課なのだった。

 

 双子が再び和やかに言葉を交わすのは、そう遠くない冬の日のこと。


.....fin.






イメージだけはずっと頭の中にあったんですが、なかなか形にならず、

ずいぶんと苦労した印象がある話です。

誰と誰の愛情表現にするのか迷い、ソレを何にするのか迷い、

ついでにいざ書き始めて改めて二人の関係に迷い。

男女の双子ってもう一組持ちキャラがあるんで(しかもそっちのが思い入れ大)、

書いててちょっと自分でも違和感があった罠。


∧top∧





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