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078.帰り道



「ここよーっ!!」

 すでに人妻になって久しいというのにまるではしゃぐ少女のように手を振る女性の姿に、楽山聡清(らくやま・さとすみ)は苦笑しながら手を振り返した。片手に抱えた仕事道具を落ちないようにしっかり抱えなおし、軽く駆け足に走り寄る。
  駆け込んだ日陰の木立の下、彼女の座るベンチに荷物を置いて、やれやれ、と軽くポロシャツのボタンを一つ、二つはずして襟元から空気を送り込みながら、恐らく彼の相棒が見れば目を丸くして天変地異を疑うような柔らかな笑みを浮かべた。

「久しぶり。元気だったか?」
「お互い様ね。もちろん元気よ、そっちは?男二人暮しなんて不摂生の代名詞じゃないの?」
「そうでもないさ。そういう台詞は結婚直前のお前に料理を叩き込んだのが誰だったのか、よーく思い出してから口にしろよ」
「そうでした」

 聡清の言葉に軽く肩をすくめて笑うのは、佐野要(さの・かなめ)だ。聡清の腹違いの妹に当たる。
  高ノ宮市の霊能面をすべて受け持つ、とまで言われる佐野家は、市内では知る人ぞ知る名家だ。その筋の世界では世界的にも有名だ、とすら噂されている。年に一度、年始の際には全国から有力者が挨拶に来るという噂も、あながち嘘ではないのかもしれない。
  そんな佐野家の現当主は、ありがちな話ではあるが、色をも好む人でもあった。泣かせた女は数知れず、それでも良いと群がる女もまた数知れず。そのうちの一人が聡清の母親だ。子供までできて生んだは良いが、聡清には佐野家の人間が備えているべき能力がない、という理由で認知されなかった。
  聡清自身はどうでもいい話だ。物心ついたときから父親がいない生活が当たり前で、確かにソレで多少の苦労はしたけれども、一応立派に育ててもらったのだから文句を言う筋合いもない。その分働きづめで苦労して聡清が大学に入学した年に若死にした母は哀れかもしれないが、自分で選んだ道なのだから自業自得だ。
  そんな聡清と、言ってみれば本妻の娘である要が出会ったのは、偶然というよりは必然の結果だった。そもそも妹とはいえ、学年的には8月生まれの聡清と早生まれの1月の要は同い年に当たる。だったらいかに高ノ宮市に県立・市立・私立を合わせて11の高等学校が存在すると言っても、まったく出会わない確率のほうが低いかもしれない。
  案の定二人は高校1年から3年までを同じクラスの同級生として過ごす羽目になり、要の方が聡清という異母兄の存在を知らなかったためしばらくは友人として過ごしたものの、三者面談という笑えるような偶然で顔を会わせてしまった二人の母親のおかげで真実を知るところとなり、それから1年一方的に冷戦状態に陥った。聡清自身は幼い頃から実の父が佐野家の当主だと言うことを知っていたからショックもなかったが、まったく知らされていなかった要にしてみれば悪夢のようなものだっただろう。
  だが、その後いったい何があったものか要の態度は軟化し、今度は以前にも増して親しい《親友》のような間柄になった。それどころか聡清を佐野家の息子として認めるよう父親と喧嘩した、とまで言うのだから本当に女とはわからないものだ、と今でも聡清は不思議に思っている位である。
  いずれにしても、そんな理由で今でも二人は時々、こうして外で待ち合わせて話をする間柄なのだ。それはやっぱり、兄妹というよりは親友、と言ったほうが近い空気だけれど。
  要はご機嫌に鼻歌なぞ歌いながら傍らに置いてあったベビーカーの中から赤ん坊を抱き上げた。つい先日、要が生んだ要の子供だ。今日はその子供を見せたいから、という理由で要に呼び出され、仕事帰りのこの公園で待ち合わせることになったのだった。
  ポンポン、とあやしながら抱くしぐさは、やっぱり《母親》のそれで。初めて見る要のそんな姿に、ほんの少しだけ聡清は目を細める。そんなことはありえないのに、まるで彼女だけが一足飛びに大人になってしまったような心地すらした。

「―――――なぁに、変な顔」

 ちら、と見上げて眉をひそめる要に、なんでもない、と首を振って彼女の抱く小さな赤ん坊を覗き込んだ。抱き上げられてもなおすやすやと良く眠っている。

「あきむら、っていうの。季節の秋に邑ね」

 要の説明にへぇと相槌を打った。邑、という字は佐野家の直系の男子が必ず受け継ぐべき文字と定められているらしい。もちろん愛人の子供で、しかも何の能力も持たない聡清が名乗れるはずもない―――――名乗りたいと思ったこともないけれど。
  まだ幼い佐野秋邑(さの・あきむら)は何も気づかないようで、すやすやと母親の腕の中で安心しきって寝息を立てている。それを愛しそうに見下ろし、軽く前髪をかきあげてやる要は間違いなく《母親》だった。

「何でまた、三月生まれで《秋》なんだ?冬とか春ならわかるけど」
「さぁ?判んないけどなんとなく、この子は《秋》だったの。《秋》じゃなきゃいけない、って思ったのよ」
「お前の直感か」
「そうよ。佐野家の《要》であるあたしの直感………秋邑、聡清伯父ちゃんですよー。おっきしましょうねー」

 柔らかな口調で要は赤ん坊の体を揺するが、それでも秋邑は目覚めない。寝る子は育つというが、これはどうしてなかなか、大物になりそうだ。
  聡清は要を制し、改めて赤ん坊の顔を覗き込んだ。まだ小さすぎて顔立ちも良くわからないが、なんとなく要に似ている気がする。もっとも要の旦那の顔を知らない聡清に正確なところは判断がつかなかったが。
  要はそれでもちょっとの間不満そうに秋邑のほっぺたをぷにぷにとつついていたが、やがて諦めたようで軽い嘆息と共に腕の中の子供を元通りベビーカーの中へと寝かせた。ほんのちょっともぞもぞ動いて、再びすやすやと寝息を立て始める我が子に呆れたような声を出す。

「この子ってばずーっと寝てるのよ。こっちは手がかからなくって助かるけどね」
「だろうな。だいたい、要に抱かれても怖がらずに寝てられる、ってだけでも大物になる素質があるぞ」
「………ちょっと、それどういう意味よ?」
「そういう意味だ」

 わざと重々しく言うと、むぅ、と子供のようにほほを膨らませた要は、それでも多少思うところはあったのか反論は口にせず、恨めしげに聡清の顔を睨みあげた。この顔で子持ちの人妻だというのだから、世の中をだましている。
  要はしばらくそうして聡清を睨んでいたが、やがてふっ、と気が抜けたようにくすくす笑い出した。

「まぁ良いや。じゃあ甥っ子のお披露目も終わったし、あたし帰るわ。あんたの同居人によろしくね」
「お前に言われんでもよろしくしてるぞ」
「あたしがよろしく、って言ってんのよ。あんたと同居してくれるなんてずいぶん奇特な人じゃない?」

 どうやらこれは先刻の聡清の発言に対する仕返しのつもりらしい。からからと笑い声を上げながらベンチから立ち上がると、要はちょっとだけ眩しそうに5月の空を見上げ、目を細めた。それからベビーカーを覗き込み、やっぱり眠り続けている赤ん坊に「じゃあ帰ろうねー」とやっぱりそこだけ柔らかなトーンで語りかける。
  その姿を同じように目を細めて見つめながら、聡清もベンチに置いた仕事道具を取り上げた。こちらとしてもそろそろ帰らなければ、納期の差し迫っている仕事にさわりが出てくる頃合だ。
  じゃあ、と手を振って別れた彼らの姿は、はたから見たらどう見えるのだろうか―――――ふとそんなことを思って振り返った聡清に、やっぱり同じように立ち止まってこちらを振り返っていた要が、にっこり笑ってひらひらと手を振るのが見えた。

 

 それは、ひどく遠く思えたどこかから続く道の途中。


.....fin.






所詮は元BL書きと言うべきなのか、蓮華の書くお話には、

時々こういう「真性」な人々が出てきます。

特に意図はありませんが。

と言うことは要嬢の恋は二重で破れたことになりますね。

最悪………(お前がな)


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