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083.ニュース



「あら嫌だ、また物騒な事件ねぇ」

 待合室でテレビを見ていると突然背後から沸き起こった声に、真嶋羽都実(まじま・わつみ)は肩越しに声の主を振り返った。そこに案の定、目だけはしっかりと好奇心に輝かせながら眉をしかめて精一杯陰惨そうな表情をこさえている妻の顔を見つけ、やぁ、と柔らかく微笑む。
  コツ、ともはや自分の手足とも思える杖を器用に操り、ゆっくりと振り返った。

「来ていたのか、凛(りん)」
「まるで来て欲しくなかったように聞こえるわね」
「まさか。昨日砂耶(さや)が、今日は学校で参観日があると楽しそうに話していたから、てっきりそっちに行ったのかと思っていた」
「これから行くのよ。帰りにはまた砂耶も連れてくるわ」

 まったくあなたは世間知らずね、とでも言いたげな凛の姿を見てみれば確かに、しゃれたスーツを着込んでこれからどこかへでも出かけるような様相だ。腕にかけたハンドバックは、結婚前に買ってやったものではなかっただろうか。
  そうか、と羽都実は一つ頷き、コツ、コツ、と杖を操って凛の方へと近づく。すかさずその脇に立ってさりげない仕草で羽都実を支えるのは、結婚してから―――――否、結婚する前からの染み付いた動作だ。
  羽都実が生まれたのは、2月に入ったばかりのこの辺りではちょっと珍しいほど積雪があった、今でも高ノ宮市の気象記録で最低気温が上位に占めるほど寒い日のことだ。そんな日に、しかも難産の末に生まれた羽都実のことを、祖母は多少神がかったと言うか、はっきり言ってしまえばとっぴな言動を好む人だったので、この時も『この子は雪の日に生まれたんだから雪に溶ける子だ』と主張したという。
  そのせいかどうかは知らないが、まぁ確かに、羽都実は今にも雪に溶けて消えてしまうのではないか、と思えるほど体の弱い子供だった。どうにかこうにかこの年まで生き長らえはしたが、子供の頃から入退院を繰り返していたし、24の年には生死の境までさ迷ったらしい―――――その時は誰もがただの風邪だと信じていたが、死を呼ぶ精霊バンシーまでが泣いた、と言うのだから(これは後日従弟から聞いた)結構なものだ。
  今も羽都実は内臓を患って入院中の身の上である。ちなみに突いている杖は、5年ほど前に高熱を患って右足がうまく動かなくなってから使うようになったものだ。
  妻の凛とすら、何度目か判らない入院のさなかで知り合った位である。当時は看護師をしていた凛は、結婚して職を辞めてからも時々元同僚の下へ赴き、最新の医療や看護の話を聞いてくる。それが誰のためなのか、なんてことは明白すぎて誰も聞けず、ただ羽都実や羽都実の両親は感謝で頭を下げることしか出来なかった。
  実際、よく結婚してくれたものだ、と思う。病弱ゆえに羽都実自身ですら結婚を諦めていたほどなのに、駄目元で申し込んだプロポーズに彼女があっさりと頷いてくれたときには、正直言って真実のこととは思えなかった。両親までもが『息子は先の判らない身ですから』と凛を説得にかかったものだが、彼女は意外なほどはっきりと『そんなことは関係ありません』と言い切った。
  以来、真嶋家に嫁に来たのだか羽都実の介護に来たのだか、判らないような生活を文句一つ言わずにこなしてくれている。それ所か一人娘の砂耶まで授かり、育児までもを文句一つ言わずにやってくれているのだ。もちろん羽都実や両親も手が空けば精一杯手伝って入るが、それでもずいぶんな苦労があったことだろう、と思う。
  人によっては『嫁に来たのだから当然だ』『母親なのだから当然だ』などと言うようだが、羽都実はそうは思わない。凛は実際、これ以上なくやってくれていると思うし、その事実に対して感謝するのは人として当然のことだ。いくら感謝しても感謝しきれない。両親だってそう思っていることだろう。
  それすらにっこり笑って『嫁として当然のことでしょ』と言い切ってしまえる凛は、実はものすごく人格の出来た女性ではないだろうか。右を支えたままゆっくりと病室に戻る妻の姿にそんなことを思う羽都実を、知ってか知らずか凛はのんびりとした世間話口調で話し出した。

「大体あなた、病室にもテレビがあるんだからそちらで見れば良いのに」
「人が居た方が賑やかでね」
「病室にだって同室の患者さんがいらっしゃるでしょ。確かにイヤホンを着けなきゃいけないから面倒だ、って患者さんもいらっしゃったけれど」
「うん、なるほど、それも判るかな」

 確かにイヤホンは、体質にもよるのかもしれないけれど、長時間着けていると耳が痛くなって仕方がないのがあまり好きではない。少なくとも羽都実はそういう性質だから、イヤホンをつけて視聴しなければならない病室備え付けのテレビはあまり好きではなかった。何もつけなくても耳元でだけ音声が聞こえるスピーカーみたいなものもあるらしいが、あいにくこの病院にはまだ備わっていない。
  夫の同意に凛は呆れたような表情を見せたが、長らくの入退院生活ではそれもやむなしと思ったのだろう、その件については何も言わないまま話題を別へと摩り替えた。彼女なりの気遣い、と言うやつだ。

「それにしても、本当、嫌な事件が多いわね」

 どうやら先刻のテレビで流れていた事件のことを言っているらしい。羽都実は妻の言葉に軽く眉を上げ、そうかい?と相槌を打った。

「少し見ただけだからよく判らないけれど、暮里地区の山の中で行方不明者の遺体が見つかった、と言うだけじゃなかったか?」
「あら、あなた、昨日のワイドショーは見てないのね。その行方不明者って言うのが、暮里地区でもものすごく有名な人たちらしいわよ。なんでも村の実力者の婚約者の両親なんですって」

 嫌な事件だ、と眉をひそめて見せた割にはずいぶんとよく知っている。
  苦笑して先を促すと、話したくてたまらなかったのだろう、先ほどのテレビではやっていなかったような情報まで妻の口から流れ出した。つくづく、日本のマスコミの情報収集能力とやらは偉大らしい。

「今朝の朝刊にも載ってたんだけれどね。暮里地区ってほら、しゃべり方も私たちとは違うし、よそ者を嫌うでしょ。それが暮里特有の宗教って言うのかしら、神社を中心にした生活をずっと送ってきたかららしいんだけどね。とにかくあそこでは神社の関係者と元の村長の家がものすごく権力を持ってるらしいのよ」
「なるほど。暮里地区は明治になってから発見されたと聞くけれど、そのせいかな」
「さぁ?そんなことは知らないけれど。それでね、暮里地区じゃあ大昔から何十年かに一回、女の子を生贄に捧げてきたんですって。何でも《氏神の花嫁》とか言うらしいんだけど、選ばれた女の子は隔離して育てて17歳になったら生贄として神社で殺してきたらしいのよ。それで疫病退散や豊作を祈願したらしいけれど、なんだかね、その儀式ってのが去年の夏にもあったんですって。怖いわよねぇ」
「へぇ?」
「生贄なんて時代錯誤だって若者層が騒いで、結局その女の子は殺されずに済んで、今の実力者と婚約したらしいわ。あ、その実力者って言うのがその神社の神主をしてるって言うまだ若い男の人なんだけれど。それでね、今回見つかった遺体って言うのはその女の子の両親で、その儀式以来行方不明になってたんですって」
「そりゃ、なんでまた?」
「それが怖いんだけれど、その両親が率先して女の子を生贄にしようとしたらしいのよ。そういう文化なのね。で、それが失敗して罪に問われそうになって失踪したんだろう、って言ってたわ。まったく何考えてるのかしらね。理解できないわ」

 コツ、コツ、とゆっくり階段を上りながら憤慨する妻に、羽都実は苦笑を禁じえなかった。こう言う話を妻は殊の外嫌う。そのくせきっちりと調べ上げているのだから、面白いものだ。
  これが女性特有の好奇心と言うものだろうか、と思いながら羽都実はゆっくり、もう一段階段を上った。もちろんこの病院にはエレベーターもあるが、羽都実はリハビリを兼ねて階段を使うことを好んでいた。
  3階までの道のりをゆっくりと上る。この道程にも付き合ってくれる、凛は本当によく出来た妻だと思う。

「暮里って怖いわね。砂耶のクラスにも暮里の子がいるんだけど、やっぱりどこか変わってるんですって。土地柄ってあるのかしら」
「さぁねぇ。それよりも、このことでその子がいじめられやしないかが心配だけれど」
「ああ、あるかも知れないわね。きょう日の子ってそういうことに敏感だから」

 参観日でしっかり見てこなきゃね、と開いた右手でこぶしを握る凛に、もう一度苦笑して羽都実はようやく2階の踊り場まで上りきり、大きく息を吐くと残りの階段を見上げたのだった。

 

 テレビより何より妻からの情報が一番かもしれない、となんとなく悟った気持ちになった日のこと。


.....fin.






暮里町というのは、まぁ、そんな所です、という話。

主人公っていうか語り部状態になっちゃいましたね、二人が。

ニュースというと他にも色々ネタはあったと思うんですが、

当時の蓮華にはこの程度しか思いつきませんでした。

………発想が貧困だなぁ(死)


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