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100.好きな人



 京王(きょうおう)はぼんやりと遠くを見ていた。
 遠くに何かがあるわけではない。強いて言えばとりとめのないほどに広い世界、それを京王は見つめていたのであり、彼の感応はすべてを世界と共有していた。
 京王は、この世界を統べる王だ。ごく一部の支配者しかその存在を知りはしないけれども、この世界は代々の〈界王〉によって治められている。それは遠い昔から変わらない真理であった―――――〈界王〉が世界によってしか選ばれないのと同じくに。
 数ヶ月前、そう、世間の時にして四ヶ月ほど前に京王は世界を先代の王から引き継いだ。それと同時に代々の〈界王〉の記憶のすべては〈京王〉の雅号を持つ彼の中に引き継がれ、彼は世界のすべてを知る者となった。代々の〈界王〉がどのように世界を治め、その結果世界がどのように変容していったのか。世界がそれを記憶すると同時に、彼はそれを知っている。
 〈界王〉とは世界のデータベースなのだと、世界を引き継いだ四ヶ月前に事情があって出会った情報屋の少女は言っていた。彼女はありとあらゆる知識に貪欲で、支配者層以外では例外的に彼の正体を知っていた。それでありながら〈知った〉ことで満足する、そんな変わった少女だった。
 世界は世界の変容を記憶する、〈界王〉と同様に。〈界王〉は世界の変容を記憶する、世界と同様に。そうして欠けた記憶をお互いに補い合って、世界と〈界王〉は並立している。だから世界にとって〈界王〉とは生きたデータベースなのだと、彼女は言っただろうか?
 それは面白い考えだ、と京王はどこか醒めた思考で思っていた。先代の王は〈界王〉という存在を、世界の操り人形だと考えていた。先代だけじゃない、過去を溯れば何人もの〈界王〉がそう考え、世界の意志に抗おうとすらしていた。そうして例外なく、平均を取って見ても遥かに短い在位で世界に殺された―――――彼らの考えを裏付けるかのように。
 もっとも〈界王〉とはいつも、在位の最中に倒れるものだと決まっている。100年と定まっている在位期間をつつがなく終え、次代に引き継げた〈界王〉はほとんどいない。直近では先々代ぐらいである。
 京王はそれに執着する気はなかった。けれども流される気もなかった。なぜなら世界とは、京王が〈界王〉の宣旨を受ける前、静川雅彦(しずかわ・まさひこ)という人間の名前で呼ばれていたときから、ひどくくだらないものでしかなかったのだから。

「京王」

 ふいに彼を呼ぶ声がして、京王は静かに声のほうを振り返った。そこに立つのは京王と同じ年頃の姿をした少女だ。やや斬バラに切られた髪が風に嬲られるのに眉を顰めながら、どこか物憂げな表情で京王を見つめている。
 クッ、と喉の奥で笑みを漏らした―――――彼女の瞳が、ただ自分だけを見つめている僥倖に。

「どうした、雛貴(ひなき)?」

 京王の言葉に雛貴は少し、考え込むようなそぶりを見せた。雛貴は先代の〈界王〉瞳王(とうおう)の影人形であり、当代〈界王〉京王の半身でもある。〈界王〉と影人形は常に一対の存在であり、性格的にも、能力的にもバランスを取る様に対照的であることが多い。
 だが雛貴は特別な影人形だった。と言うのも、先代瞳王が最後に遺した厄介な仕掛けにより、目覚めてからしばらくの間自分が影人形である自覚がなかったからだ。そのため、雛貴は先代の人間としての名である相田瞳(あいだ・ひとみ)を名乗り、人間として暮らしていた。
 そのせいだろうか、雛貴は他の影人形とは違い、京王を絶対的な支配者とは考えていないし、自分が影人形であって人間ではないと思い出した今でも人間と同じような行動を取りたがる。それを京王は良いことだと考えていた―――――なぜならそれは雛貴がただの人形ではなく、彼の対等なパートナーである証でもあると考えていたから。
 雛貴はそっと首をかしげ、だがようやく覚悟を決めたように口を開いた。

「瞳王陛下は―――――幸せだったのかな?」
「……………どうしてだ?」
「だって、あたしなら幸せじゃないと思うもん」

 雛貴はそっと瞳を伏せ、思い起こすように視線を落とした。いや、実際彼女は思い起こしているのだろう。瞳王その人の仕掛けによって自分を人間だと信じ、相田瞳を名乗って行動していた時のことを。

「あたしが【相田瞳】として行動してたことって、全部、本当は瞳王陛下がやりたかったことでしょ。好きな人に好きって言って、恋人になって、ただの女の子として暮らすのは、本当は瞳王陛下が望んでたことでしょ。いくらあたしが瞳王陛下の影人形だからって、あたしは瞳王陛下じゃないじゃない。あたしが目覚めた時には、瞳王陛下は死んでたのに。なのにあたしにそういう行動をさせて、瞳王陛下は幸せだったのかな?」
「……………さぁ」

 京王は軽く肩をすくめた。流すつもりではない、確かに雛貴の言う通りだと思ったのだ。
 瞳王の仕掛けにしたがって雛貴が【相田瞳】として行動したことは、雛貴の言うとおり、瞳王が本来なら取りたかった行動だ。そのことを京王は『識って』居る。瞳王は〈界王〉として選ばれたばかりに、普通の人間として当然望んでしかるべき望みのすべてを棄てていた。憎からず思っていた幼馴染から告白されたときですら、彼女は〈界王〉としてその手を取ることを自分に許さなかった。
 せめて死んだ後にでも、やりたかったことをやってみたい―――――その思考は理解できないわけではなかったが、雛貴の言うとおり、そうしたところで経験するのは彼女の影人形であって彼女自身ではない。彼女が生きている限り彼女は〈界王〉としての定めから逃れられず、そうである限り彼女は自分が〈界王〉であることを辞められない。
 だが、と京王は頭を振った。

「幸せ、だっただろうよ」
「………どうして?」
「夢が見れたから」

 言葉短かに京王は言い切った。
 瞳王は「もし」と言う夢を見ることすら自分に禁じていた。夢想に浸ることを、彼女は彼女に許せなかった。だからこそ彼女は最後まで誇り高い王であった。
 だから、そんな彼女にとって、自分の死後に自分の影人形が体験するだろう出来事を思うことは、とても幸せな夢だったはずだ。

「惚れた男の手を取れなくても、惚れた男の手を取る夢を見ることを自分に許せたんだから、幸せだったろうよ。瞳王にとってお前と言う存在は、とても幸せな存在だったはずだ」

 京王の言葉は、残念ながら雛貴の気に入るものではなかったようだ。納得できないように眉をしかめ、不満そうに京王を見上げてくる。
 けれども、ぽんぽん、と頭を撫でると、今度は困ったような表情になった。照れているのだ。
 ねぇ、と雛貴が呟く。

「京王は、幸せなの?」
「………あぁ、幸せだな」
「あたしが、居るから?」
「そう。雛貴が居るから、俺は幸せだ。望めばいくらでもお前の手を取れるからな」

 そう、と京王の言葉に真っ赤になりながら雛貴が笑う。多分、とても嬉しそうに。
 そんな様子を見て、京王はまた胸中でそっと呟く―――――だからとても幸せなんだ、と。瞳王とは違って自分はいくらでも雛貴の手を取れる、いくらでも雛貴を側における、だから幸せなんだ、と。
 今さら言うまでもなく、京王の―――――京王にとっての世界の価値は、ただ雛貴によってのみ図られるものだったのだから。



 だから貴方たちは〈幸せ〉にしてあげる、と言う女の声を聞いたのは、たぶん深い夢の中。


.....fin.






この話自体は結構昔にできていました。

と言ってもテーマ小説自体は随分書き進んでいたんですがね。

最初から登場人物は決めておりまして、後はどんな話しにするかという部分で悩み、

ある日小説の神様が啓示を下さって(苦笑)書き上がった、と言う。

ちなみに、実は京王はストーカー予備軍だったりします(汗)


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