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世界の夢を見る朝(あした)


第三話 路面電車 3


 振り返った先にはやっぱり雅が居て、可愛い顔に憤りの表情を貼り付け、ぷくんとほっぺたを膨らませて雄維を睨みつけていた。その目つきも、たぶん本人は大いに本気で怒っているのだろうけれど、ひどく可愛らしい印象を拭えない。それが腹が立つと雅本人は言っていたけれど、何をしたって可愛いのは大いに結構じゃないか、と雄維自身は思っていた。
 雅の姿に、一気に事態が現実味を帯びてきた。手の中に捕まえた子狐が、救いを求めるように手足をばたばた泳がせて雅のほうへ行こうとする。雅の言葉によれば、これはベガちゃんという名前を持っているらしい。雅のペットだろうか。

(そう言うことっすか)

 つまり、転寝をこいていた雄維をからかってやろうと、雅のペットか、もしくは仲の良い仔狐にわざわざこんな扮装までさせて、雄維の腹の上にほっぽりだしたわけだ。ところが予想外に雄維が手荒に仔狐を扱ったものだから、雅が怒って出てきてしまった。そんなところだろう。
 まだこの先にも雄維をからかうシナリオがあったのだろうか、雅はいつもは殆ど手を加えない肩の下辺りまで伸びた黒髪を二つに分け、頭の両側で高く結んでいた。ぷんぷん、と腰に手を当てている雅の身につけている服は、仔狐とは打って変わって、緑の布一枚の真ん中に穴を開け、前後に足らして腰の辺りで一本の帯紐でくくったスタイルだ。その下に茶色の、ぴったり細身の身体にフィットしたシャツとパンツをつけている。実に可愛い。
 ベガちゃんなる仔狐を吊り上げたまま動かない雄維に、じれたように雅が雄維の手の中から仔狐を奪い取り、細身な割りにしっかりと盛り上がった胸にぎゅっと大事そうに抱きしめる。羨ましい、とか思ってしまったのはやはり、青少年のなせる業と言うことでお許しいただければ幸いだ。
 雄維の静かな妄想を外に、雅はぷんぷんと怒りながら仔狐を抱きしめる腕に力を込めた。息苦しくなったのだろう、仔狐がもぞもぞと暴れて抜け出そうとするが、当の雅は気がついていない。
 みゃあ先輩、と呼びかけた。まったく、この先輩たちの心遣いときたら、本気で涙と呆れのため息がオンパレードだ。

「先輩、オレが悪かったっすから」
「……………」

 雄維の言葉に、雅がじと目で見る。上目使い75度、泣く子も黙る必殺悩殺の視線だ。当然雄維はやられっぱなしだった。
 本気の本気で悪いと思っているのか、確認している雅の目つきにどこか他人行儀なものを感じ、うわぁ、と雄維は内心頭を抱えた。こういうときの雅は本気だ。本気で怒りまくっているのだ。
 ベガちゃんと呼ばれた仔狐が、必死にもがきまくって雅の上でからようやくするりと抜け出し、雅の肩の辺りに足をかけて踏み台にした。それからぴょん、と雅の後ろに飛び降りてすたこらさっさと逃げ出す。
 それを肩越しに見送ってから、雅がぎゅっと不機嫌に眉をしかめ、胸の前で両腕を組んで肩を怒らせた。

「『現実』世界の男の子だからって、いくらなんでも失礼じゃないの」
「………は?」

 何か今、変な言葉を聞いたような。
 雄維は思わず、我ながら間抜け極まりない声を上げて、怒った雅の顔を見上げた。本気で何を言われたか判らなかったのだ。まだ雄維を騙すお芝居は続いているのか?
 ガタン、と大きく電車が揺れた。その拍子にぐらりと雅の体が大きく揺れる。当然だ、通路に何も掴まらないまま仁王立ちをしていたのだから。雄維は慌てて座っていた座席を蹴立てて立ち上がり、倒れかけた雅を支えようとする―――――

(…………?)

 何か、違和感。けれどもその違和感の正体を掴む前に、間近に迫った雅の愛らしい顔のほうに意識が奪われる。
 小柄だ、とは思っていたけれど。雅の小さな体は、すっぽり雄維の腕の中に納まってしまう。

「ご、ごめん、なさい………」

 雅は雄維の腕にしっかりと抱かれて、小さな声で謝った。自分でも不覚だったのだろう。顔が真っ赤になっている。そんな恥らう様子も実に可愛い。可愛いとしか言いようがない。
 いえいえいえ、と慌てて大きく首を振った。うまくポーカーフェイスは出来ていただろうか?こんなところで真っ赤になったりしたら、覗き見をしているであろう瑞貴と翠に、後でまた散々馬鹿にされる―――――成功してたって『やせ我慢しちゃって』とか『かっこつけ』とか馬鹿にされるのだろうけれど。


to be continued.....


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