いったい何が起こっているのか解らず、怯えて身をすくませたままの雄維の耳に、ああもう!と舌打ちする瑪瑙の声が聞こえた。
「活きが良すぎ!」
そういう問題だろうか。
雄維は大いに疑問符を覚えながら、全身に神経を張り巡らせて謎の襲撃から身を守ろうとした。細く目を空けて辺りを探ろうとするが、赤とか白とか茶色とか、もう色々なほこりが舞いちりまくっていて何がなんだか解らない。まだほこりが入らないだけ、目を瞑っていたほうがマシだ。
ビュンビュンと、あちこちから風を切る音がする。同時にドゴドゴガシャガシャと破壊音が次々に発生する。あああああ!と瑪瑙が地団太を踏む。
「も〜ぉ怒ったんだから!悪戯しすぎよ!」
「だからそういう問題じゃないだろ!」
雄維はたまらず悲鳴を上げたが、瑪瑙は相手にしなかった。完全に怒り心頭していたのだ。
瑪瑙が宙に向かって右手を突き出した。ぐっ、と握りこむと同時に、その中に花の蕾が現れる。その蕾をしっかりと握り締め、瑪瑙は大きくぐるりと体ごと一回転して振り回した。
ポンッ!と軽い音を立てて花が咲く。柔らかなピンクの花弁。同時に納屋の中に舞い散っていた埃がすとんと地に落ち、視界がクリアになった。その空間の中を、何かが高速で飛びまわっている。
咲いた花をその辺に放り投げ、瑪瑙は再び何もない空間を握りこんだ。先ほど同様に現れた花の蕾を握り、ほとんど勘で飛び回るモノに振り下ろす。ポンッ!とまた軽い破裂音。
今度は青い凛とした花が開花すると同時に、空中を高速で飛び回っていたモノがピタリとその動きを止め、一瞬後、ポトン、と地面に落ちた。もぉ、と瑪瑙が腰に手を当てて、怒ってるのよ!とゼスチャアしながらソレを見下ろした。
「まったくこれだから、ぴょこぴょこ豆を数えるのは骨が折れるんだわ」
「………ってホントに豆だし………」
事態が収まったと見て恐る恐る目を開けた雄維が、落ちているものを見て呆然と呟いた。
ソレは、どこからどう見ても絶対無敵に、確実的に豆以外の何者でもありえなかった。形と言い、色艶と言い、ちょうど豆まきのまめに良く似ている。ただし大きさが尋常じゃなくて、大人の手のひらほどもあった。
そこからあえて視線をそらし、雄維は呆然と辺りを見回して、納屋の惨状を確認する。もちろんここに入るのは初めてだが、それでもあちこち壷が割れたり壁がへこんだり天井が落ちかけていたりと、本来のあるべき姿からかけ離れていることは良く判った。
それらをぐるりと大雑把に眺めてから、再び雄維は床に転がったやたらと大きな豆を見下ろした。瑪瑙が先のピンクの花と青の花を髪に手早く編みこみ、雄維の見ている前で豆を拾う。彼女の手には、その大きさは片手ではちょっと余るようだ。
なぁ、と何とか紡いだ言葉は、引きつりかけていた。
「ソレが、飛び回ってたわけ?」
「うん」
「で、このむちゃくちゃな状態になったわけ?」
「そうね」
「その豆を、オレが、明日っから数える、わけ………?」
「そうよ?」
それがどうかした?と言わんばかりに瑪瑙は目を丸くして、手の中の巨大な豆をそばにあった、細い紐を組み合わせて作った編みかごのようなものの中に放り込んだ。それまでぐったり(?)としていた豆は、かごの中に納まった途端、またビチビチと暴れだす。これだけ破壊行為をしてのけたわりに、華奢なかごを破るだけの力はないようだ。
はい、と瑪瑙がかごの口を掴んで、雄維の目の前に差し出した。
「この中に入れたらおとなしくなるでしょ?一つのかごにぴょこぴょこ豆を五個ずつ入れるの。今日は、入れるところはあたしがやるから、ユーイはこれ持っててね」
「おとなしいかぁ?」
雄維は大いに疑問を表した。ずいぶんビチビチ動きまくっているように見えるが。
ほとんど腰が引けている雄維に、瑪瑙はにっこり笑って付け加えた。
「『現実』にないのなら、食べたこともないんでしょ?今日の夕飯はぴょこぴょこ豆とレイレイと紫ニンジンの煮込みスープにしたげる。絶対ユーイが今まで食べたことがないくらい美味しいんだから、乞うご期待よ!」
―――――期待したくない、と心から思った。