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世界の夢を見る朝(あした)


第八話 イレイズ 2


 だが『夢の国』全体がどうかは知らないが、少なくともこの町が今言ったような球体状ではないことは確かだった。もしそうであるなら夢見が丘から西に向かって歩いていけば、そこには荒野が広がって居なければならないことになる。だが実際には夢見が丘から西に向かって一日歩いたところでそこにあるのはどこまでもなだらかに続く草原であり、遠く微かに見える砂嵐の壁はあくまで遙かな遠くにそびえたままなのだった。遠近感覚というものがこの国にはまったくないのだろうか、一日も歩けばせめて大きく見えてくる位の変化はありそうなものだが、相変わらず砂嵐の壁は遠くの地平線にへばりついたままなのだ。
  もっともこれが東に向かって歩くとなると別で、線路沿いに東に向かって歩いていけば、半日ほどで七つ目の荒野の出口駅にたどり着く。そこからさらに東に向かって歩いても、今度は間違いなく砂嵐の隙間から荒野に滑り出るだけで、夢見が丘にたどり着くということはない。まったく、この路面電車は不思議だらけの電車なのだった。
  路面電車は、どうやら一台(?)だけで運行しているらしい。レトロな機関車に率いられた三両編成の車両は、昔懐かしい赤いビロード張りの対面4人がけの座席で、結構ゆとりがあったりする。あんまり人のことを観察して回るのは良い趣味ではないが、それでも自然と覚えてしまったところには、たいていこの電車に乗っているのは同じメンバーだった。この町の主要交通機関である割に、この町の住人に会ったことは一度もない。どちらかと言えば最初、雄維がこの町にやってきたときのように、『現実世界』の人間と思しき乗客が殆どのように思う。
  良く判らない、と思うのはこんな時だ。ここは通常なら雄維のようにばっちり意識がさめた状態ではなく、眠りながら訪れる『夢の国』だというのだから、彼らは当然眠っているさなかの夢の中でこの路面電車に乗っているのだろう。その割に同じ顔ぶれが殆どというのはどういうことか。
  もっとも、それは考えても仕様のないことだ、ということも間違いのないことだった。というのは雄維のようにうっかり『夢の国』に残ってしまうことがないように、路面電車の中で乗客に話しかけるのは一切禁止、とされたからだ。別に無視したって構わないのは構わないのだろうが、なんとなく寝覚めが悪いのは確かだ。
  一度、それがどうしてなのか瑪瑙に尋ねてみたことがある。

「え?あの電車のこと?」

 すると瑪瑙はんー、と首を傾げて考え込んだ。だが明確な答えが出てこなかったらしい。三回ほど右、左、右、と首をかしげた挙句、さぁ?と首をひねる。

「よく判んない」
「判んない……ってお前なぁ!」
「きゃあきゃあきゃあ!暴力反対!」

 勿論本気ではなかったのだが、冗談で怒って見せると瑪瑙が首をすくめて抗議の意を表した。こんなところは本当に『現実』の雅によく似ている。そのものと言っても良いほどだ。
  へへぇ、と笑って見せると、もちろん本気で怒ってるんじゃないことを知っている瑪瑙は、もう、と可愛くぷくんと頬を膨らませてすねて見せる。

「そんなの、考えたってしょうがないわよ。判んないものは判んないんだもの」
「へ〜ぇ?夢見が丘の魔女にもわかんねぇことがあるわけ?」
「そりゃあ、あるわよ。朱鷺にだってあるんだから」

 瑪瑙はしょっちゅう親友を引き合いに出す。彼女がそれだけ朱鷺を信頼し、心酔している証拠だ。

「あたしが知ってることは、あの電車は時々『現実』のヒトを『夢の国』に連れてくる、ってことよ。そのヒトたちがどうやって帰ってるのかは知らないけどね」
「オレみたいに取り残されたり?」
「そう。ユーイみたいに取り残されたりね。自分から降りて、この国に残るヒトもいるわ」

 瑪瑙の言葉に、ふぅん、と雄維は鼻を鳴らした。取り残されるんならともかく、自分からわざわざ残ろうとする人間がいるなんて、俄かには信じがたかったのだ。
  確かに、この国は良い国だ。最初こそ雄維は『現実』に帰れなくなったことに落ち込み、嘆いたけれども、最近ではうっかりすれば、このままずっとここで暮らしていてもいいんじゃないか、と思うほどだ。
  何しろここには雅そっくりの瑪瑙がいる。そして桐原優のことしか見ていない『現実』の雅とは違って、『夢の国』の瑪瑙はちゃんと雄維のことを見てくれる。それだけでも十分な理由だ。
  所詮夢だと、瑞貴が書いた物語の中の絵空事なのだと、自分に言い聞かせてもこの有様なのだ。帰りたくなくなってしまう人間がいてもおかしくはない。
  そもそも雄維だって最近では、どうして自分がそれでも『現実』に戻りたいと言う衝動に突き動かされるのか、自分自身でもよく判らないのだから―――――


to be continued.....


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