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世界の夢を見る朝(あした)


第十話 大鎌の朱鷺 3


 考えているうちに路面電車はゆっくりとスピードを落とし、パッツィ商店街入り口駅へと滑り込んだ。これを路面電車と呼べば良いのか汽車と呼べば良いのか、雄維はいまだによく判らない。だから時々で汽車と呼んだり、路面電車と呼んだりする。
  今日も電車は混雑と言う言葉とは無縁のように、閑散とした人影しか見えなかった。駅で電車を待っている人間もまばらだ。それらの人々の中を、肩にかけた袋の中の商品の重みを感じながら雄維はいつも通り、パッツィ商店街に入って少ししたところにある青空市場の、いつもの場所に向かう。人通りの多い通りの端だ。
  瑪瑙はいつもそこに敷き布を広げてぴょこぴょこ豆と卵と花籠を売っていて、瑪瑙が居なくなった今も雄維はその習慣どおり、瑪瑙が作る花籠だけを欠かしたまま敷き布を広げてぴょこぴょこ豆と卵だけを売っていた。もっとも明日からはぴょこぴょこ豆も売れなくなりそうだ。と言うのはやっぱり瑪瑙お手製の、ぴょこぴょこ豆を入れるための籠が今日の分でなくなってしまったからだ。
  明日からは卵だけを売ることになるだろうか。でも今までの経験上、卵はついでに買っていく人間が殆どで、卵単体で売れることは少なかった。だったらもう最初から市場に出るのはやめようか。でもそうしたら、瑪瑙が帰ってきたときに怒られるような気がする。
  市場の雑踏を歩きながら、そんなことを考えていた時のことだ。前方のほうでなにやら騒ぎが持ち上がったらしく、どよっ、と人々のどよめきにはっと我に返った。
  視線を騒ぎのほうへ凝らす。人が多くて、雄維の位置からはよく見えない。人々が何かから逃れようとして、必死に駅のほうへ―――――つまり雄維がやってきた方向へと走ってきているのだけはよく見えた。
  なんだろう。嫌な予感がする。
  雄維は完全に足を止めた。なんだか厄介ごとに巻き込まれそうな気がしたのだ。こういう勘は、嫌なことに当たるものだと雄維はよく知っている。そして大概こういう時は、瑪瑙が真っ先に騒ぎの中心へと走っていくのだ。
  だが、今ここに瑪瑙は居ない。居るのは雄維だけだ。
  不安に駆られて、流れていく人ごみに逆らうようにぼんやりと突っ立ったまま、かといって人々の流れに乗って逃げ出す気にもなれずに居ると、そのうちの一人が、あっ、と雄維に気づいて声を上げた。

「あんた!瑪瑙は帰ってきたか!?」
「や、まだだけど………なんか、あったんすか?」
「なんか、なんてもんじゃないよ、まったく!こないだ瑪瑙が追っ払ったばかりだってのに、イレイズのやつら、また市場に現れやがった!」
「……………ッ!」

 雄維は男の言葉に息を呑み、ギュッ、と胸元を握り締めた。あの時、奇妙に歪んで見えた空を思い出す。青と赤とラベンダーの入り混じった、綺麗で不気味な空。その空間のひずみから現れた、不定形の存在のこと。
  その思考がやがて、瑪瑙が打ち漏らしたイレイズによって消された猫耳の青年にたどり着いたころ、ああそうだ、と男が妙案を思いついたように声を上げた。

「あんた!あんたもイレイズを消せるんだったな?」
「………はぁ?」

 


to be continued.....


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