ザッ、と音を立てて顔から血の気が引いていく。それは恐ろしい想像だった。もうすでに、自分は自分ではなくなっているのではないか。それに気がついていないだけではないのか―――――イレイズに隣人が消されても『なかったこと』になってしまう『夢の国』の住人同様に。
不安にドキドキと胸が高鳴る。息苦しくて、ぎゅっと胸元を握った。何かに縋り付きたかった。確認、したかった。
その内心に気がついていたものかどうか、六日ぶりに顔を合わせる瑪瑙は、別れる前と変わらず満面のニコニコ笑顔で駆け寄ってくると、間に合ってよかった、と雄維の両手を取った。
「ごめんね、ユーイ。遅くなっちゃった」
瑪瑙はにこっと、雅そっくりの顔を済まなそうな笑みで覆った。
「すぐに帰ってくるつもりだったんだけど、朱鷺を見つけるのに手間取っちゃった。おまけに見つけてみたら朱鷺は朱鷺でバーユ相手に大喧嘩の真っ最中だし、バーユを追っ払って連れて来てみたらこっちはこっちでイレイズの大群に襲われてるし」
結局新月になっちゃった、とちょっと唇を尖らせて困ったように瑪瑙はぼやく。その言葉にぼんやりと雄維は、いつの間にか薄暗くなっていた空を見上げる。そこにあるべき輝きは、ない。
(ええと、確か月は新月の日は昼間にしか出なくて、月齢が遅くなればなるほど出てくるのが遅くなる、んだよな?)
月の運行など習ったのは中学の頃だし、あまり理科が得意でもなかった雄維がその情報を覚えていたのは奇蹟に近い。ついでに合っている自信もなかったが、たぶん新月は昼間しか出てない、って言うのは合っていたはずだ。うん、多分。
ぼんやりと星しか見えない夜空を見上げながら必死に中学理科のおさらいをしている雄維の手を、クイ、と瑪瑙が可愛らしく引っ張った。そんな仕草もまた雅にそっくりで、雄維はドキッ、と鼓動が跳ね上がるのを感じる。
「なななッ何ッ!?」
「……?えと、ユーイ、怒ってない?」
「怒る?」
しまった。話をまったく聞いていなかったせいか、瑪瑙が何を言いたいのかが判らない。つぅ、と背筋を冷や汗が流れた。
けれどもすぐに目を伏せてしまった瑪瑙には、雄維の引きつった表情は見えなかったようだ。ごめんね、とやっぱり雅そっくりの可愛らしい声が甘く響く。
「早くユーイを『現実』に返してあげる、って約束してたのに。あたしは新月の夜にしか『境界の扉』を開くことは出来ないし、楓はやっぱり星降る暁降ちにしか開けないし、だから朱鷺を連れてきてあげる、って約束してたのに、結局新月になっちゃった」
「あ、あ………そんなことか」
雄維はほっと胸をなでおろした。瑪瑙がきょとん、と首をかしげる。なぜ雄維が安心したのか、理解できなかったのだ。