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世界の夢を見る朝(あした)


第十二話 平凡なる日常 1


「ねぇねぇねぇ後輩クンッ!聞いてくれる〜!?」
「はいっす、みゃあ先輩」
「じゃあ月島、これ、今日の分ね」
「ああ………つーかうるさくて寝れねぇ………」

 今日も今日とて文芸部の部室では、いつもどおりの光景が繰り広げられている。すなわち多岐雅が雄維に義兄の桐原優のことで文句を言い、雄維が内心大いに傷つきながら雅を慰め、それを半眼で見ながら高野瑞貴が大学ノートを月島翠に渡し、それを受け取った翠が窓際の彼の指定席で枕をセッティングする、そんな光景だ。
  平和である。
  季節はすでに秋の文化祭を直前に控え、文芸部としても冊子の製作に余念がない。とはいえ、この文芸部の中でまともに創作活動をしているのは瑞貴ただ一人なので、圧倒的に大変なのは彼女なのかもしれなかった。
  ちなみに部長である多岐雅は、相変わらず最初だけ部室に顔を出す、という生活だ。それでも最近は時々、気が向いたら最後まで部室に居ることもある。優に『仮にも部長の癖に責任感がない』と怒られたらしい。

「も〜ぉ、優ってばね、酷いんだよ〜!昨日ね、アリーサさんと一緒に隣町まで行くって言うから、みゃあ、お気に入りのケーキ屋さんでお土産買ってきてねって一生懸命頼んだんだよ〜!それなのに優ってば、そんなのぜんぜん忘れてて、おまけに『甘い菓子ばっか食べてこれ以上豚になってど〜すんだ』なんて言うんだよ〜ッ!」
「そりゃ酷いッすね」

 即決だ。こんなにスレンダーでそのくせ出るところは出ていて引っ込むところは引っ込んでいる、完璧で可愛い雅にそんな酷いことを言うなんて悪魔の所業としか思えない。
  そうでしょそうでしょ〜、と雅が泣きまねをしながら同意を求める。まったく持っていつもの光景だ。
  今までに聞いた話を総合してみると、ようは頼んでいたケーキを買ってきてもらえなかったので優と喧嘩して、昨日から一言も口を利いていなくて、優が雅に謝ってこないのが許せない!というところに集約するらしい。
  ちなみに雅の話に出てきた「アリーサさん」というのは、雅と優がアルバイトをしている探偵事務所の所長の姪御さんで、名前からも判るとおり生まれも育ちも米国はクレイグタウンという町であり、たいそうな美女であるらしい。いつの間にやら雅のアルバイト先の人間関係にまで詳しくなってしまった。

「も〜ぉ、絶対優ってばアリーサさんに見とれててみゃあとの約束忘れてたんだよッ!絶対だよッ!きっと優、もうみゃあのことなんて嫌いになっちゃったんだよッ!」
「そんなことないっすよ」

 即答だ。こんなに可愛い雅に心を奪われない男が、たとえ義理の兄とはいえ居ないはずがない。たとえ義理の兄とはいえ………義理の兄とは、言え………なんだか背徳的だ。いや、なんとなく。

「ホントに?後輩クン、ホントにそう思う?」
「もちろんっす」

 脊髄反射で頷いた。当たり前だ。雅が言うことを否定するなんて男として出来たものではない。バカ、と目の端で瑞貴が口を動かしたのが見えたが、恋する青少年というのはおおむねこういうものなのだ。
  きゃ〜ん、ありがと〜、と雅は両手を可愛く胸の前で合わせてニッコリ満面の笑みを浮かべた。

「みゃあ元気が出てきた〜。いつも後輩クンが応援してくれてるもんねッ!みゃあ、頑張って優と両想いになるッ!」

 じゃあ今日はバイトだから、と可愛く満面の笑みで言われて、引き止められる男が居るなら見てみたい。
  もちろん雄維はそんな男ではなかったから、わかったっす、と頷いて、心の中で滂沱しながらその姿を見送った。本日の雅との邂逅はこの一瞬のみ、と言うわけだ。

 


to be continued.....


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