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世界の夢を見る朝(あした)


第十二話 平凡なる日常 5


 覚悟を決めてゆっくりと表紙に手をかける。そこから、めくるのにまたずいぶん時間が必要だった。実際にはほんの数秒だったかもしれないが。
  もう見慣れてしまった瑞貴の筆跡で書かれた、最初の一行に視線を落とす。

『そこは、見渡す限りを万年雪に覆われた、極寒の山だった。』

 雄維の想像する『物語』という定義からは遠くかけ離れた、堅苦しい文章からその物語は始まっていた。

『世界の始まりから終わりまで、永劫を雪と氷に閉ざされることを宿命付けられたその山に、踏み入るものは滅多になかった。例えあったとしても、小さな獣か、冬に生きる性質を持った生き物のみだっただろう。少なくとも知られている限り、生息している動物はなかった。
  だが山には一人の姫が棲んでいた。世界を創生し、雪を司るその姫の名を雪姫といった。雪姫は常に鋭い寒さを身に纏い、不思議の技をなし、天より舞い落ちる雪を統べて暮していた。それ以外の在り方を彼女は知らなかった。雪と氷に閉ざされて暮す姫ゆえに、山は雪姫山と呼ばれていた。
  さて、山からまっすぐ下った所には、虹花の谷と呼ばれる小さな谷があった。その名の由来は、その谷のみに群生する、あたかも虹そのものが咲き誇ったかのごとき可憐な花だった。花は一株に複数の蕾をつけ、咲き誇ればその花と花の間に虹の橋をかける。それが、まるで虹が花となったかのように見えるのだ。
  虹花の谷には一人の男の子が、相棒である三つ目の純白の獣と暮しており―――――』

 そこまで読んだところで、雄維はついに根を上げた。

「瑞貴先輩。コレ、難しいっすよ〜」

 何しろ雄維には日常馴染みのない言葉のオンパレードなのだ。理解どころか、読むだけでも一苦労、というのが正直なところである。
  後輩の泣き言に瑞貴は伏せていた顔を上げ、は?とでも言いたげな、訝しげな表情になった。

「どこらへんが?」

 いやもうすべてが。
  叶うならそう言ってしまいたかったのだが、寸でのところでぐっと堪えた。そんなことを言おうものならひどい目にあわされる。
  具体的にどういう目に合わされるかというと、別に直接的に雄維を痛めつけるだとか、説教をするだとか言ったことはまったくないのだが、後で雅に悉く告げ口をするのだ。それで雅の心象が悪くなり、怒られたり無視されたりするという、精神的にWパンチの状況に陥る。
  ちなみにここまで詳しく予想できるのは、告白すればすでにその轍を踏んで痛い目にあわされたからだった。

(いや、そりゃ、瑞貴先輩はそんなつもりはねぇのかもしれないけどさ)

 割合すっぱりとした竹を割ったような性格をしている瑞貴は、そういう回りくどいというか、せこい手は使わない。怒るなら直接怒る。ただ、雅にはなんとなく立場が弱いらしい瑞貴は、多分「部活中にあったことを教えて教えて教えて〜」といつもの調子で迫られると、ぜんぜんどうでもいいようなことまで喋ってしまうのだろう。その結果として雄維の所業が知られることになり、雅が雄維に怒る、という嫌な構図が出来上がるわけだ。

 


to be continued.....


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