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世界の夢を見る朝(あした)


第十二話 平凡なる日常 6


 ううう、と唸る。瑞貴が訝しげに眉をひそめたまま、どこがどう難しいのか言ってみろ、と言いたげな視線になった。と言うか多分あの視線は間違いなくそう言っている。

「その……瑞貴先輩の話って、何て言うか、普段使わない言葉がいっぱい出てくるじゃないっすか」
「例えば?」

 瑞貴はもう一度首をかしげた。今度も本気だ。本気で聞いている。
  ううう、と雄維はさらに唸った。多分瑞貴にとっては、この物語に出てくる言葉は馴染み深いものなのだろう。雄維のように文章を碌に嗜まない人間からすれば呪文のように思えるのだが。
  ああこれってアレに似てるぞ、と思う。前に『夢の国』にいた頃、瑪瑙に『夢の国』のことを教えて欲しい、と言ったときだ。瑪瑙も、何が判らないのかが判らないから質問して、と言った。何だかそれに、今の状況はとてもよく似ている。
  あの時と違うことには、瑪瑙は肝要だが、瑞貴はそうではない。そして瑞貴の後ろには、イコール雅がいる。

(オレ、ピンチ?)

 わざわざ確認しなくても判りそうなことを確認したくなるほど、現在の状況は危機的極まりない。

「どうなの?どこが判らないのか、言ってもらわないと判らないでしょ。そういうところを言ってもらうために、君に書いたものを読んでもらって感想を聞かせてもらってるんだから」

 いやもう、まったく持ってその通りなわけだが、そうも行かない事情も世の中にはあるのだ。
  すやすやと安らかな寝息を立て始めた月島翠を恨んだ。彼のように特殊な能力でもあればこんなピンチに陥ったりはしないはずだ、と思う。そもそも問題を履き違えつつあることを、不幸にして彼は自覚していなかった。
  ううううう、と唸りながら雄維はパイプ椅子をずりずり動かしながら後じさった。そうなると瑞貴も意地なのだろう、ついに完全に身体ごと雄維に向き直り、何が何でも聞きだして見せる、という意思もあらわにキッ、と雄維を睨む。
  ずりずり、じりじり。
  数秒が無駄な睨み合いに費やされた。だがそれは、突然終わりを告げる。つまり、ずりずり引きずりながら後じさっていた雄維の座るパイプ椅子が、床のタイルの浮き上がった部分に引っかかって、勢いよく背中から倒れたのだ。

「ひ……ぃぃやあぁぁッ!?」

 突然後ろに向かってかかった重力に、雄維は思い切り間抜けな悲鳴を上げた。ばたばたと両手を動かして宙を掴もうとしたが、当然何の役にも立たない。瑞貴の目が、ぎょっ、と驚きに丸く剥かれた。
  ガタン、と瑞貴が立ち上がって雄維を助けようと身体を動かす。だがそれよりも、雄維が倒れていくほうが早い。手当たり次第にあたりに手を振り回し、何とか何かにつかまろうとする。

(なんかオレ、今日厄日―――――ッ!)

 叫び声は果たして、声になっていたかどうか。
  雄維の右手が何かを掴んだ。ぐっ、とそれに一縷の望みを託して引っ張る。何か、ツルツル滑る紐の束のようだ。そんなものがこの部室に存在しただろうか。
  いずれにせよ雄維は渾身の力を込めてそれにすがりついたが、あいにく完全に重力の支配下に置かれた雄維の身体を支えるには至らなかった。誰かがどこかで「ギャッ!」と叫んだのが聞こえた気がする。叫びたいのはこっちの方だ。
  ゴ……ッ!
  頭の後ろで鈍い音が響いたのを最後に、雄維は完全に意識を手放したのだった。

 


to be continued.....


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