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眠れる森のエデン


26.


「・・・・・・・・・で、道は解るの?」

 全速力で逃げる時計ウサギと、鬼気迫る形相で追い駆けるアリスと、「オ手柄!オ手柄!」とけたたましく飛ぶオウムがすっかり見えなくなると、ようやく瑞貴は視線を目の前に引き戻し、傍らに立つ子供に問い掛けた。まさかこんな所でウサギとアリスの追いかけっこを見られるなんて、と場違いな感想を抱く。
 呆然と嵐のような一行を見送っていたスニは、ああ、と視線を前方から引き剥がす様にして瑞貴を見上げた。お互いの心境を一言で表すなら、毒気を抜かれた、という所だ。
 もぞもぞとスニのフードが蠢いて、純白の獣グリュンデンヒルトがそっと顔を出し辺りを見回す。そこに主人と不本意な同行者しか居ない事を確認すると、ようやく安心したようにするりと身体をくねらせ、スニの肩に躍り上がった。
 ちちっ、と小さく鳴いた獣に頬を摺り寄せながら、スニは緑のトレーナーの前ポケットに両手を突っ込む。もぞもぞとポケットの膨らみが蠢いた。
 質量も体積も無視してなんでも入ってしまうポケットの中は、やはり見た目とは違い相当な広さがあるらしい。しばらく捜索してようやくぼろぼろの地図と金銀の羽を引っ張り出すと、ばさりと大きく地図を広げた。
 ふわり、と地図の上に二本の羽を滑らせる。金と銀の羽はしばらく遊ぶようにふわふわと漂い、やがて赫闇ヶ原で見た時のように、それぞれの収まるべき場所を見つけて宙に止まった。
 えーと、と首をひねる。

「今ぼくらが居るのが金の羽の所だから、不思議の国の真ん中ぐらい・・・・・・・・・・ええと、アニマルウッド?って所の外れ。鏡幻塔に一番近い出口がこっちの銀の羽の所、流雲湖のほとりだね」

 一瞬考え込むように口篭もったのを聞いて、瑞貴は小さく笑った。

「あんた、この辺りは知らないの?同じ夢の国なんでしょ」
「うん、虹花の谷からだとここらへんは遠いし、あんまり来た事無いんだ。ミズキの現実世界はみんな、ちゃんと自分の国を全部知ってるんでしょ。朱鷺が言ってた」

 無邪気に返ってきた言葉に思わずグッと押し黙った。しがない15歳の少女でしかなく、しかも受験戦争真っ只中の瑞貴には、自分の国どころか自分の街も怪しい。高ノ宮市内の事で瑞貴が知らない事なんて、きっと山のようにある。
 多分この子供に、嫌味を言ったつもりは全くないのだろう。にこにこ笑ってそう言ったきり、再び地図と睨めっこを始めたスニの表情からは、瑞貴に対して何か含む所がある様子は見られない。だからそんな風に感じたのは、間違いなく瑞貴に後ろめたさのようなものがあるからだ。
 瑞貴は、嫌味のつもりで言ったから。
 苛立ちを隠しきれずに、ぐしゃ、と前髪を握り締めた。どうもこの世界に迷い込んで以来、何につけてもイライラしてばかりだ。勿論今までの状況を鑑みれば、のほほんと現状を楽しむ余裕など有る筈も無いが。
 その様子に悪い事を言ったと思ったのか、スニが困ったような表情で瑞貴を見上げた。けれどもどうしたら良いのか解らずそのまま固まる主人の頬を、ちちぃ、と小さく鳴いたグリュンデンヒルトがぺろりと舐める。「気にする事はない」とでも言ったのだろう。
 そのやりとりも妙に腹立たしく、瑞貴は二人をわざと無視して、地面に広げられた地図を睨みつけた。もちろん見覚えも無い、書かれている文字すらどこのものだか判別できない落書きのような地図。所々木や城や建物が描かれていて、地図と言うより本当に子供の落書きにも見える。
 宙に止まった金と銀の羽が、時々風になびいて揺れる。きらきらと光を放ち、地図の上に鮮やかな模様を描き出す。
 瑞貴は、それにすら苛立っていた。一刻も早くもとの場所に帰りたかった。嫌な夢を見たと冷や汗をかいてすべてを終わらせてしまいたかった。
 あからさまに機嫌の悪い瑞貴に、スニは声をかけるかどうか悩んでいたらしい。けれども考えてもしょうがないと思ったのか、じきににこにこ笑顔に立ち戻ると、嬉しそうな表情で地図を指差して説明し出した。
 能天気ね、ともはや何処に怒りの根元があるのか判らないまま、小さく毒づく。
 それに対する子供の反応はなかったが、もしかしたら一瞬、地図を指した小さな指が揺れたかもしれなかった。

「ぼくらは普段、こっちのレイニーロードから不思議の国に来るんだ。だからアニマルウッドは初めてだけど、流雲湖は何回か行った事があるよ。虹花の谷ほどじゃないけどすごく綺麗な所だから、きっとミズキも気に入るよ」
「・・・・・・・・・へぇ」

 話の内容には興味が湧かず、スニが言った『アニマルウッド』だの『レイニーロード』だのと言う単語を頭の中で英単語に置き換えて綴りを確かめながら、上の空で相槌を返した。それ以上の価値がある内容とは思えなかった。
 多分英訳は『animal wood』と『rainy road』だろうが、和英辞書が無いので確認のしようが無いのが悔しい。どちらかと言えば『アニマルウッド』は『animal's wood』の方が意味的にもしっくり来ると思うが、発音の問題だろうか。
 つくづく、浮遊林の中で何処かに行ってしまった鞄が悔やまれた。あの中には和英も英和も入っていたし、受験対策問題集もたっぷり詰め込んであったから、受験勉強が少しでも進められたのに。一体塾ではどこまで授業が進んでしまっただろう―――――夢の中の出来事だと言われても、実際にこうして時間が過ぎている以上、瑞貴は心配せずにおれなかった。
 表面上は変わらずにこにこと笑いながらスニは金銀の羽と地図を丁寧に畳んで、元通りトレーナーの前ポケットに仕舞い込んだ。ポケットに両手を突っ込んだまま、よっこいしょ、と座り込んでいた地面から立ち上がる。
 主人の動作に、ちちぃ、とグリュンデンヒルトが不満そうな鳴き声を上げて、鋭い爪を覗かせながら揺れる肩にしがみついた。緑色の瞳がそんな獣に向けられ、小さく緩む。

「じゃ、行こっか。早く鏡幻塔で雪姫のお使いを済ませて、ミズキを現実世界に帰してあげなくちゃね。ジュケンって、すごくすごく大切なんでしょ?朱鷺が言ってた」

 ねっ!と元気良く笑っていたのに、その表情はどうしてだか、笑顔には見えなかった。




 【葬られた夢のカケラに、存在し続ける意義はない。】


to be continued.....


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