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眠れる森のエデン


28.


 それでもアニマルウッドを二日と言う、洞窟平原のことを思えば恐ろしい速さで通りぬけた一行は、三日目の昼にハートタウンに到着した。瑞貴にとっては初めての、夢の国の住人が住む町ということになる。
 どこまでも並ぶ屋根の形は瑞貴の見慣れた三角ではなく、丸や四角に加えてきのこの形や雲の形、果ては咲き誇るチューリップ型まであって、それぞれがパステルカラーと原色の入り交じったかなり目に優しくない色使いで塗りつぶされている。壁自体もぐにゃりと曲がっていたり布が垂れ下がっているだけだったり、とにかく統一性と言うものが見出せない。
 統一性の無さは町全体に及んでいて、区画整備されている訳ではないから思い思いに建物が建ち並び、何もない所が必然的に道になっている、と言った具合。そこにいる住人もまた人間であったり動物であったり昆虫であったり、瑞貴にも理解できる言葉を喋るものから意味不明な言語を話すものまで、どうしてそれで意志の疎通が出来るのかが不思議なほどだ。
 とにかく何でもあり、の町である。強いて言えば統一性が無い事がこの町の唯一の共通点であり、こんな所で一時間もすごそうものなら確実に気が狂いそうだった。
 出来れば自身の精神衛生上の為に、こんな町は見なかった事にしてさっさと通り過ぎてしまいたかった。しかしこの旅の主導権を握っているのは、どうのこうの言っても緑の瞳を持つ子供なのだ。そのスニが、ハートタウンで旅食を買っていかなきゃいけないから、とにこにこ笑って言った以上、一行に拒否権はない。
 仕方なく渋々、実に渋々とスニに付き合う事になった瑞貴は、否応なく目に入ってくる町の様子を眺めながら、はぁ、とため息を吐いた。無意識にどこか共通点はないか、と考えてしまう自分が悲しい。
 ハートタウンという名前の由来は、『不思議の国のアリス』に出てくるあのハートの女王だと言う。不思議の国の女王が一番最初に治めることになったこの町を、女支配者の名を取ってハートタウンと誰かが呼び始め、それが何時の間にか定着してこの町の名前となった。

「だから『正しい名前』なんて意味が無いよ」

 その話を聞いて「じゃあホントは何て名前なの?」と聞いた瑞貴に、スニはやっぱりにこにこ笑いながらそう言った。ちなみにスニは、ハートタウンに来るのは3回目だと言う。

「だってもうこの町はハートタウンなんだし、ぼくは他の名前知らないもん。地図にもそう載ってるんだから、やっぱりこの町はハートタウンだよ。ね、グリュンデンヒルト」

 ちちっ、と同意を示した純白の獣に頬擦りをして、スニは嬉しそうににこにこ笑う。スニはいつでもにこにこ笑っているのだが、一応困っている時とか嬉しい時とか楽しい時とかの表情は、何となくだが掴めるようになってきた。
 にこにこ笑顔にどこか翳りが見える時は、困っているとき。嬉しい時は普段より頬の辺りが柔らかくて、楽しい時はまばたきが多くなって視線があちこちに向けられている。
 そうやって表情は何となくわかるのだが、一体何が原因でそんなに嬉しかったり楽しかったり困ってたりするのかに付いては、やっぱり瑞貴にはよく解らなかった。あまり原因が見出せないところでそういう表情になるので、最初は周りを見回してその原因を知ろうとしていたのだけれど、最近は【ああ何かあったんだ】と流すことにしている。
 パステルカラーで思い付くまま塗り潰したような煉瓦で覆われた町を、瑞貴はキノコや雲や花の形の屋根の間を擦り抜けて歩く。たまにマトモな形の家も有ったが、そういう時はたいてい窓が三角だったり屋根の上に花畑があったり、やっぱりどこか変わっているのだった。
 水煙草を吹かす芋虫や、ニヤニヤ笑いの猫もいる。もしかしてあれは『不思議の国のアリス』の登場人物(?)だろうか、と瑞貴は見かけるたびにスニに尋ねたが、スニは困ったような表情で「判んないよ」と首を振るだけだった。
 以前も誰かが言っていたように、この国の住人は自分が現実世界の物語の登場人物だという事は知っていても、それがどんな物語なのかまでは知らないのだ。例外は、瑞貴と同じ現実世界から夢の国の住人となった、あの金の髪に空色の瞳を持つアリスだけ。
 やがて商店街のような場所に辿り着いたのか、何かの店と思しき建物が増え始めた。さすがにちょっと興味を覚えて、通りすがりに並んでいる商品をちらっと見てみると、瑞貴にも馴染み深い道具や花や洋服も売っている。でもやっぱり世界が違うことを示す、見た事も無い変わったものを売っている店も有った。
 それぞれの商品には値札がついていたが、瑞貴にはなんと書いてあるのか読めない。横からスニが嬉しそうに、不思議の国の通貨を教えてくれた。

「一番小さいのが1レガだよ。100レガが1ガルス、100ガルスが1スーレ。これだけ覚えてれば、ミズキもすぐに買い物が出来るよ」

 ちなみにそれは24レガ、と瑞貴の目の前の蜂蜜色の液体の入った瓶を指差したが、そもそもどの位の価値がある物か分からないので、あまり参考にならなかった。
 それでも、それ以降店を通り過ぎるたびにあれはいくら、それはいくら、とスニが一々面白そうに指を差して教えてくれるので、何となく感覚が掴めてくる。瑞貴の感覚だと5000円位の綺麗な輝石をあしらった手の平サイズの箱は、1スーレ48ガルスと言う事だった。

「それは《夢見箱》だよ。お姫様とかが良く持ってるんだ。ぼくは見たことがあるだけだけどね」
「《夢見箱》?何、それ」
「夢とか、願いとか、希望とか、喜びとか、そんなものを仕舞っておく箱だよ。《夢見箱》を作れる箱職人は殆ど居ないんだ」

 ふぅん、とどこからどう見ても変哲の無い宝石箱に見える箱を見下ろしながら、瑞貴はちょっと眉を寄せた。
 夢や希望をしまっておく、不思議な宝石箱。とても辛い事が起きた時に姫君はこの箱のふたを開いて、涙を微笑みに変える。
 それが羨ましいのかバカバカしいのか、瑞貴には判断が付かなかった。



 【星降る夜に生まれた獣が、千夜一夜を静めて眠る。】


to be continued.....


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