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篭にあそぶ鳥の泣く唄


第八羽


 ところで話は突然変わるが、下町でのサガは結構頼りにされている。
 今でこそファレアのボディガードの為、朝早くから夜遅くまで帝城に足を運んでいるのでサガの影は薄いけれど、ボディガードを始める5年前はそれこそ、下町でサガの名前を知らなければもぐりと言われたほど、その存在は浸透していた。今では、サガの代わりにサガを慕って集まってきた子供たちが下町で幅を利かせている。
 その子供たちを取り纏めているのは、サガとはまた別の意味で下町は愚か《風神殿》お膝元の色町ドーラン街にまで名を知れ渡らせているソールで、彼は下町の誰より長くサガと同じ時間を過ごした唯一の人間だった―――――しばしばソールは、それを原形を留めないほどに歪めた形で子供たちに言って聞かせているのであるが。
 炎節のこの季節、厚さが人の気をかき乱して喧嘩は多く、殺しもそれに比例して多い。下町の子供たちは、5年前はそれを積極的に煽って周る立場であったのだが、今ではそれに分け入って止める、言ってみれば自警団のような事をやっていた。
 今日もドーラン街と下町の境辺りで、色町の客と下町のゴロツキの間でひときわ大きな騒ぎが持ち上がったらしい。それを見事に捌いてきたとかで、ドーラン街の娼婦たちからお捻り代わりのパンや食料を持って帰ってきた子供たちは、真っ直ぐサガにそれを持っていくとかわるがわるに自分の功績を自慢した。

「あいつら駄目だ、てんで弱いんでやんの。サガ、俺3人のしたんだぜ!!」
「腕が上がったじゃないか、ルイ」
「お姉ちゃんたちが泣いてたから、イイコイイコしてあげたんだよ」
「《蕾》たちか?咲いた女はそうそう泣かないからな。トバル、偉いぞ」
「僕が足を引っかけたらオヤジども、簡単にすっころんだんだ」
「そうか、ディンはすばしこいからな」
「レゼル母さんがサガは良い子にしてる??って」
「どうせヤーがろくでもない噂を吹き込んだんだろう。元気だと言っとけ」
「馬車で来てる客だったから、車軸に切れ目入れといたんだ。今ごろ壊れて困ってるよ」
「アド、それはさすがにやりすぎだ・・・・・・・・」

 まぁ、概ねこんな感じできゃいのきゃいのと大騒ぎをした挙げ句、(サガが戻るのはいつも夜更けだったので)ソールに「もう寝る時間だろう?」と追い散らされるのが常だったのだが、それを受けて子供たちが二人を密かにお父さんとお母さん、と呼んでいるのはまた別の話。
 じゃあまたなー!!と夜更けにもかかわらず大声で叫びながら方々に散って行く子供たちを見送って、ふぅ、とようやくサガはため息を吐いた。子供たちの賑やかな足音を追いかけるように「うるせぇぞガキども!!」と言う怒鳴り声が方々から上がる。
 それもまた、いつもの光景。
 昔はみんなでこの小さなあばら屋で肩を寄せ合って暮らしていたものだった。それは多分、今から思えば仲間意識にも満たないただの哀れみだったと思う。お互いにお互いを哀れんでいて、そうして常に側に居る事でしか自分を確認できなかった、自分たちはそういう生き物だったから。
 今では、この小屋に暮らすのはサガとソールの二人だけ。それも生活習慣が全く正反対の二人だから、顔を合わせる事すら数えるほどだ。
 それでも、充実していると感じる。
 サガはもう一つため息を吐いて窓板を支えていたつっかえ棒を外し、窓板を下げた。途端に家の中は闇が侵食を深め、机の上に置いた蝋燭の明かり一つがぼんやりと部屋の中を浮かび上がらせた。
 その向こうに、珍しく子供を追い出した後も家の中に居るソールを見つけ、首を傾げる。

「今日は仕事に行かないのか?」
「ん?生理休暇〜」
「・・・・・・・・・・・・馬鹿か」

 誤解のない様に言っておけば、ソールは誰がどう見てもれっきとした成人男子である。
 友人のくだらない冗談にむしろ疲れだけを覚えて、サガはガタガタと机に座り、先刻子供たちが持ってきたパンの山から一つ掴み取って口に運んだ。お世辞にも上等とは言えない堅い黒パンは、腹が膨れる事だけは請け合いだ。
 それを見てソールもガタガタ机を揺らしながらサガの正面に座り、パンの山をひょいひょいと仕分けしている。明日になったら子供たちに配ってやるのだ。
 ソールは、夜の町で仕事をしている。
 そんな言い方をすれば十人が十人同じ職業を連想するだろうが、それに裏切らずソールは《夜の貴族》の異名を取るちょっと名の知れた存在だった。とはいえれっきとした男である以上、色町に加わる事は出来ないから、ふらふらと歩き回ってはそこらであぶれている客を捕まえ、見事に巻き上げてくる。
 そんな生業をしている友の職業をなんと言うべきなのか、サガには正直よく判らなかったのだが、ソールに寄ればフォレシア帝国よりももっと前の《古王国》時代には男と寝る男の呼称として《男娼》と言うものがあったらしく、本人は好んでその呼称を使っている。
 常なら子供たちと一緒に外に客を求めに行くソールであったが、ここまで腰を落ち着けていると言う事は本気で、今日は仕事はしない気なのだろう。
 もちろん今日は子供たちがドーラン街からパンを大量に貰ってきたから、仕事をしなくとも食いつなぐ事は出来るだろうが、ソールの仕事ははっきり言って趣味も半分だったから、まぁ珍しい事には違いなかった。

「僕だって仕事したくない日もあるよ。その辺の知らない男を引っかける気にならない日もね」
「だったら顔馴染に粉かけりゃ良いだろ。何て言ったか、お前にゾッコンの馬鹿貴族が居たろうが」
「あれはホントに馬鹿だから嫌だ」

 我侭放題を言っているが、結構ソールもその貴族の男を気に入っているのは知っていた。色町の女たちと違ってソールみたいな男が色を売るのはかなり難しいから、そういう意味でも貴重な客として重宝しているのも。
 生まれながらに読心術を持つソールは、それゆえにサガの思っている事も手に取るように判ったのだろう、呆れたようにも自嘲するようにも苦笑して、仕分けたパンを小汚い布袋に少しづつ詰めた。
 堅い黒パンの固まりをすっかり胃に収めたサガは、それに手を貸す事はなく頬杖をついて眺める。

「最近、喧嘩多くなったな」
「・・・・・・・・そうかな。夏だし、こんなもんだよ」
「嘘付け。去年の今ごろだって日に何件も喧嘩はなかったじゃねーか」
「そうだった?」

 クスクスとソールは笑うが、サガの確信は揺らがなかった。どう考えても、どんどん喧嘩の件数が増えている。その内容も、聞いているだけではあったけれども、深刻でくだらない原因が増えているようだ。
 下町の子供自警団の出動も最近富に多い。
 ドーラン街には色町独自の自治組織があるにはあったが、それはしょせん娼婦たち女の自治組織であって、大の男の喧嘩を止めるにはなかなか功を奏さない。用心棒も居ないではなかったが、彼らの給金は娼婦たちに危害が及ばない様にする為に払われるものなのであって、ゴロツキ同士の喧嘩を止める為に払われるものではけしてなかった。
 《炎神殿》の方のお膝元である色町ブロンクス街では、纏め役のカタリナ姐さんが随分な幅を利かせて男も彼女には一目置いていると言う事だったが、ドーラン街のゼルダ姐さんにそれを求めるのはあまりに酷と言わざるをえない。ゼルダ姐さんが色町の娼婦の纏め役である「姐さん」と呼ばれるに至ったのは、一重に彼女がドーラン街の中で指名度ナンバーワンだったというだけだった。
 ブロンクス街の娼婦は血気はやったものが多く、ドラーン街の娼婦は柳のようにたおやかな者が多いとは、フォレシア帝国の男なら誰もが一度は耳にする話だ。
 但しそれはあくまで柳のしなやかでたおやかな強さを秘めていると言う意味であって、決してドーラン街の娼婦が前者に比べて軟弱、と言う事ではないのだ。娼婦たちは基本的に逞しい。そして明るく朗らかだ。そうでなければこの時代、色町などで生き長らえる事は出来まい。
 ことさらのんびりとした風を装ってソールが言う。

「サガこそ、今日はターニャの所に行かないの。随分行ってないだろ?」
「・・・・・先週は行った」
「先週の初めにね。もう今週も終わるよ、そうしたら半月じゃないか。ターニャが寂しがってたよ」
「ふぅん」

 ターニャと言うのは、サガの馴染みの色町の女だった。ドーラン街の女の例に漏れず、少し力を込めれば折れそうなのになかなか折れないしなやかな強さを持つ彼女は、今年で15歳だと言う。サガが咲かせ、そのまま常連客として現在に至った、元は色町にあっては珍しくもなく何処か遠くの村から口減らしに売られてきた女だ。
 娼婦として売られてきた少女たちは、娼婦としてデビューするまでは《蕾》と呼ばれる。その《蕾》の頃から顔馴染だったターニャを咲かせようと―――――つまりは彼女の初めての客になろうと思ったきっかけは忘れてしまったが、それが今に至るまで関係が続いているのは、サガにしてはひどく珍しい事だった。
 女なんて、昔は抱ければそれで良いと思っていたから。
 けれども今日のサガは、ターニャを抱きに良く気分ではなかった。どちらかと言えばこのままごろりと寝転がって穴だらけの屋根から見えるかすかな星空を遠くに見つめて眠りに落ちてしまいたい気持ちなのだ。疲れているわけでは、けしてないけれど。
 ソールがそれを判っていないはずはなかったから、黙々と子供たちの取り分のパンを分けて袋に詰め終わる頃にはお互いすっかりと口をつぐんで、ジジッと蝋が炎にはぜる音と気の早い虫の鳴く声だけがその場に響く音の全てだった。そろそろ寝ようかとも思うのに、この空気を破るのがひどく勿体無い心地がして、それが出来ない。
 彼らの座っているボロの机と来たらすっかり脚にガタが来ていて、動くたびにガタガタと音を立てずには居ないのだ。
 けれどもいつまでもそうしているわけにもいかない。

「・・・・・・・・・寝るか」

 だからわざとこの空気を破るべくサガは言葉を発し、ことさらガタガタと大きな音を立てて椅子から立ち上がると部屋の隅の据え付けのベッドに掛けられたなけなしのシーツをはがした。この家にベッドはこれ一つのみで、普段であればソールが昼間にこれを使い、夜はサガがこれを使うという形でバランスが取れていたのだが、今日は二人とも揃っているのでそうもいかない。
 そのままシーツを片手に裏の草叢に向かおうとするサガを、ソールがにっこりと引き止めた。こんな表情をした時、ソールとファレアはよく似ている、と思う。

「久しぶりだし、一緒に寝れば良いじゃないか。今更だろ」
「・・・・・・・・・・ソール、くどい様だが俺は」
「男には興味がない、だろ。聞き飽きた台詞だね。別にサガに抱いてくれと頼んでるわけじゃないよ、僕だって疲れてるんだから」
「・・・・・・・・・・・・」
「信用、出来ない?」

 かなり正直に言ってしまえばそういう意味でこの友人を信用した事はただの一度もないのだが、ソールは自分の言葉を翻した事は一度もない事もまた事実だ。
 ただ、確認したくて呟いた。

「生理休暇、って」
「・・・・・・・・・・あぁ、うん、そういう意味だったんだど。僕はサガが大好きだから、サガと一夜を過ごしたくて仕事を休んだからって、襲わないと言ったからには襲わないよ」

 ―――――やっぱりこの友人は信用ならない、と思った。


to be continued.....


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