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篭にあそぶ鳥の泣く唄


第十八羽


 だったら、サガが取るべき道はたった一つのはずだった。

「言ってみろ。ただし、ここでだ。それ以外俺は認めない」

 サガの言葉は融通が利かないと思われても、真実であるべきだった。
 今この瞬間、レティの真実を知るべきはサガではなく皇女エシィリアラ=ファレアだ。あらぬ罪を叔父に着せられ、その罪ゆえに見知らぬコドモに命を狙われた哀れな聖女。
 それは譲れない真実の、はず。
 サガの視線にその意思を読み取ったか、コドモは小さく笑ってみせた。その表情は多分に、彼女をコドモと言う立場からひどく遠いものにする。

「皇女エシィリアラ=ファレアには紋章がある。炎女神の象徴である祝福の宝玉を象った白燐の至宝に留まる二対の翼持つ紅蓮の禽獣だ。アタシの双子の兄貴のバトラを殺した剣は、柄と鞘にその紋章を抱いていた」
「ニセモノだ」
「《現代の聖女》様の紋章を贋作する勇気のある馬鹿が何処にいる?それにその剣のオトコは『姫様に逆らうからだ』とはっきり言っていた」
「だがファウの差し金でない以上ニセモノとしか言いようがない」

 レティはその言葉に、あからさまな敵意を向ける。そう言えば少女に敵意を向けられたのはこれが初めてだったと、何処か覚えのあるその視線にわずかに苦笑しながら気がついた。
 覚えがあるのは、かつてのサガもまた同じ視線を持って世界の全てを呪っていたからだ。下町でようよう生きてきた戦災孤児にとって、世界は憎むべき強大な敵だった。一体何に対して憎しみを抱き敵意を向けるのか、終いには自分自身でも判らなくなるほどに。
 サガが魔法を忌み、自身の力も嫌うのはその部分にも原因が、ある。否、自身の力を疎んだがゆえに、サガは魔法を嫌ったのだ。
 片手で歳を数えるほどの幼い子供に、向けられた鋭い切っ先の意味は分からない。
 自分自身が不当に失われようとしていることすら知らず、ただその場の空気だけが異常で何よりその事実に恐怖するしか出来なかった、それは紅い月夜の永遠の一瞬。
 そしてここにいる、その身に流れる血ゆえに不当に蔑まれるしか知らない一族の、最後のコドモ。
 純粋な憎しみは輝く結晶の様に美しく、好ましかった。

「良い子ね」

 皇女エシィリアラ=ファレアが微笑んだ。

「とっても素敵な証拠をありがとう」
「・・・・・・・・・・・お姫さんに言った訳じゃない」
「あらそうだったわね。じゃあ盗み聞きしてごめんなさい?貴方が賢い子で嬉しいわ」

 ポンポン、と小さな頭を軽く撫でる。レティの表情に戸惑いの色が混じる。ファレアが実は本物の馬鹿かもしれない、と思ったに違いない。
 そしてサガは知っている。ファレアが「貴方」と呼ぶ時、その相手に対して無条件の好意を抱いていると言うこと。
 だからファレアはきっと、本当の意味で覚悟を決めたのに違いない。

「ねぇ、レティ。貴方が言う通り、仮にも《伝説を生む者》エシィリアラの名を持つこのファレアの紋章を詐称するなんて、マトモな神経をしていては思い付かないでしょうね。それはフォレシア建国神話を汚し神々を冒涜することですもの。このファレアを快く思わぬ《六神殿》ですら、ファレアの名を語り貶めようとは思いも付きません」

 微笑みだけは絶やさぬまま、まるで鳥が飛んでいるとでも言うかのごとき穏やかな口調だった。そして多分ファレアが言っていることは、全くの真実なのだ。
 フォレシア建国神話は、フォレシア帝国の始まりから遥かな未来までの全てを内包する壮大な伝説譚だ。俗に《始まりの伝説》と呼ばれる炎風地水の四柱の神々を称える建国譚から始まって、人々と神々とその他のイキモノ達が生きるこの帝国で起きるありとあらゆる事象を記録し予言した終わりなき伝説。
 噂によれば帝城の地下奥深くにフォレシア建国神話の全てを記録した魔法球が封印されていると言うが、それはしょせん噂の噂に過ぎない。当たり前だ、建国神話の全てを記録していると言うことはすなわち、遥かな未来に向かって数限りなく増大していく伝説の全てを収め、その行き着く先をも記録していると言うことなのだから。
 過去と現在と未来を支配し続ける絶対の神話の中で、《伝説を生む者》エシィリアラの真名が与える影響力は大きい。その存在ゆえに己が権力が衰えることを恐れる《六神殿》は、けれどフォレシアの民の誰より建国神話を信奉し、聖典と崇めている。
 厳密には、ファレアの命を狙うのは《六神殿》ではないのだ。彼らはファレアを疎ましくは思っているが、その存在を損ねることまでは考えていない。ただ今までに築き上げた権力が瓦解するのが恐ろしく、それゆえにファレアの存在を取り込もうと必死になって足掻いているだけ。
 ファレアの命を狙うのは、だから《六神殿》に忠誠を誓う狂信者である。彼らが信奉するのは或いは、フォレシア建国神話でも建国の四柱の神々でもなく、《六神殿》と言う組織そのもの。その基盤を揺るがせるファレアが反逆の徒に見えるのだ。
 《古王国》の頃ならばともかく唯一教を奉じる今のフォレシア帝国にあって、狂信者と一般の信者の区別はひどくつけがたい。同じ聖典によって同じ神を信じ同じ神殿に拝する、彼らは確かに熱心な信者であるのだから。

「けれども、もう一つ真実があります。このファレアの紋章は一部の者以外には堅く秘されて、帝城を一歩出れば知る者は皆無と言って良いでしょう。レティ、リンズーの一族に連なり帝国を巡る貴方は、私の紋章を何処で知ったのかしら?」
「聞いたんだ。―――――バトラを殺した剣の紋章はよく覚えてたから、リンズーは一族を上げて紋章の持ち主を探していた。なかなか見つからなくて、でもラガール侯領で商売をしている時に、春を売る女の一人がその紋章を知っていると言う客を捕まえたんだ。締め上げて、そしたらアンタの紋章だと知れた。そしてアンタがアタシ達を《マツロワヌ民》だから排除すべし、と布令を出したって話も」
「そう―――――それは真実ではないけれど、偽りではないわね。14年前、私は今よりも幼く、私の言葉が持つ力など思いもよりませんでした。そうしてじっと座っているよりは隠れ鬼をして遊ぶことが大好きな、罪深いコドモでした」

 幼すぎる皇女にとって、スリシュテ・パレアに閉じ込められて過ごす日々はただ退屈の極みでしかなかった。
 サンテラスから見える外界は明るい陽射しに満ちていて、皇女の徒然を慰めようと吟遊詩人や侍女たちが話す外の世界は羨望と苛立ちを深めるにしか役に立たなかった。今よりなお無鉄砲なコドモは当然のこと、外に出されることはない。それがまた苛立ちを深めて。
 そんな折、催された皇女の為のささやかなカーニバルに、出席を強要されることすら苦痛だった。けれどもそれに出席しなければならないことだけは知っていたから、苛立ちはいや増すばかり。
 如何ですかファレア様、楽しんで頂いてますか。
 尋ねられた言葉は起爆剤だった。

『こんなのちっとも面白くない』

 不満気に小さく小さく呟いた言葉が、その場の全てを決めたのだ。
 凍り付いた空気と、突然舞い下りた沈黙と、それからその向こうにあった婆やと姉やの困ったような表情を、今でもファレアは昨日のことのように覚えている。たくさんの人の心が滝のように雪崩れ込んできて、そのどれもがファレアの言葉に恐怖に似た感情を抱いているのを、幼いコドモは思い知らされた。そして婆やと姉やの、紛れもない後悔の想い―――――姫様にはお早すぎた。
 何が早すぎたのか判らなくて、けれど自分が失言したことは分かった。3歳のコドモにそれは十分な理解だったが、《伝説を生む者》エシィリアラに必要なそれには程遠い。
 困って泣きそうになって、けれども事態はファレアの為にファレアを置いてきぼりにしたまま急転した。ファレアの徒然を慰める為に呼ばれた芸人一座は即刻追い出され、今後一切首都ヴァガスでの興業を控えるべし、との布令が出された。カーニバルを企画した貴族が遥かな辺境に流され、二度とヴァガスの地を踏むことは許されなかった。

『婆や、姉や、ファレアがイケナイ子だったの?だからみんな怖がってるの?』
『姫様、姫様、お泣きあそばしますな。イケナイのは姫様に何もお教えしなかった婆やと姉やです。姫様がそうお泣きになってはますます皆が怖がりますよ』
『でもオジチャン達が何処かに行っちゃったよ。みんな怖くて痛いよ。ねぇ、婆や』
『姫様、婆やとお勉強しましょうね。皆が怖くて痛くないように、婆やとおしゃべりの仕方をお勉強しましょうね』

 泣きじゃくるファレアにかけられた、それ以上に困り切った婆やと姉やの想いと言葉は、やっぱり自分がイケナイ子だったんだと思い知らせるだけだった。面白くないって言った、その言葉がイケナカッタんだと思って、それが哀しくてますます涙が溢れてくるのを止める術を知らなかった。
 たった一言の、コドモらしいヒステリーが多くの人の運命を変えたのを、ファレアは嫌と言うほど思い知らされたのだ。
 自分がコドモだと言う、その事実それ自体が罪の証。



「だから偽りではないわね」


 遠い瞳になったまま、悲しみを湛えた瞳でレティに微笑みかけた。


「―――――あの日、永遠にヴァガスを追われた芸人一座、それがリンズーの一族だったんですもの」



to be continued.....


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