home
判らない語句はこちらから検索→  
writing fun connect renka
novel poem word&read juel chat mail profile book


 

篭にあそぶ鳥の泣く唄


第ニ十一羽


 その姿があまりにも様になっていたので、さてエスコートされているのは誰だろう、と思わず状況を忘れた何人かがその影に注目した。ルサカには何処か、ファレアとはまた別の意味で人目を引く華やかさがある。
 そうして現れたのが、ラガールの民族衣装に身を包んだコドモだと知れると、どこか微笑ましい空気が周りを包む。それを見届けて、ファレアがどこか芝居がかった風でコドモの手を取った。

「ご紹介しますわ。私の小さな友人、レティです」

 当のレティはと言うと、さすがに大勢の貴族の前に引き出されて戸惑っていた様子だったが、その身に纏う豪華なラガールの衣装に恥じない程度に立派な挨拶をしてみせて、周りのオトナたちからそこそこの評判を勝ち取った。羽飾りはとうに取ってしまったが、飾り立てたネックレスやアンクレットがちゃらちゃらと賑やかな音を立てる。
 キヴェリエ伯爵の顔色が、わずかに青くなったのをサガは見逃さない。まさか本当にレティを引き出すとは思っていなかったのだろう。
 小悪党にしてはお粗末な話である。けれど確かに常識で考えて、自分の命を狙った者を罪人としてではなく友人として引き出すなんて、ファレアでなければ思いもしないに違いない。しかも何時の間にだか、レティはそれを当然のことと受け止めている。
 それが、ファレアがファレアである証だ。
 レティの顔が真っ直ぐにキヴェリエ伯爵に向けられた。ファレアの手に力がこもる。それを握り返す小さな手が震えているように見えたのは、きっと気のせいじゃない。
 指し示すだけで良いの、ファレアの言葉が不意に脳裏によぎった。

「アイツ。覚えてるよ、ヤシュリムの主人だ」
「ヤシュリム?」
「アタシと親子を演じていたオトコさ。お姫サンの言う所の《アンタをアタシに殺させる為にバトラを殺したオトコ》」
「つまり、私の命を狙ったヒトね?」

 ファレアの言葉にレティが満面の笑みを返した。それが答えだ。
 場違いなコドモらしい微笑みが逆にファレアの何気ない言葉を引きたてて、場の空気が奇妙な緊張感を孕む。その中心にいるのはキヴェリエ伯爵だ。表情をすっかり消してしまった壮年のオトコは、ファレアとレティの微笑ましい茶番を底の知れぬ瞳に映し、虚ろな笑みを浮かべていた。
 狸だ、ともう一度独白した。しかも自分を弁護しないから、何を考えているのか逆に知れない。
 けれどもサガにも分かっていることがある。《六神殿》の為にファレアの命を狙う輩は、総じて頭がおかしい。完全に狂ってる。
 その公式が今回も当て嵌まるのなら、目の前にいるのは《六神殿》に命を捧げる狂信者のはずだった。

「それが証拠だと?」

 オトコは無表情のまま、口元だけを笑みのように歪めてみせた。友好的に広げてみせた両手に、捕らわれればきっと二度と解放されることはないのじゃないだろうか―――――

「姫君、おふざけもたいがいになされませ。我が配下にヤシュリムなどいう者は居りません。そちらの可愛らしいお嬢さんに見覚えもございません。思い込みだけで動かれますと、不要な恥をかかれましょう」

 流れるような言葉はけれども確かに真実を含んでいる。
 その内容が、正しいと言うのではない。そう主張されてしまえば、ファレアにそれを覆すだけの明確な証拠がないと言う事実だ。
 このままキヴェリエ伯爵を罪に落とすことは出来る。そんな事は簡単だ、ファレアがその名にかけてキヴェリエ伯爵の罪を訴え、処罰すると決めれば良い。ただそれだけでキヴェリエ伯爵の身はたちまちに罪人へと落とされる。
 けれどもそのやり方は、人々の中に不信を残すだけだ。ファレアのすることだから間違いはないだろうけれど、でももしかしてキヴェリエ伯爵は罪を犯してはいなかったのじゃないか。ただファレアの機嫌を損ねたが為に、あらぬ罪で追いやられたのに違いない―――――と。
 そうなった所で、ファレアを非難する者など現れない。そんなことを思い付こうともしない国民はただ、ファレア様の機嫌を損ねるなんて馬鹿な伯爵だ、とキヴェリエ伯爵の愚かさを笑うだろう。
 けれどもそれでは、遠回しには結局ファレアの価値は落ちている。気分次第で自身の後見人すら罪に落とす姫なのだと、一度そう思われたなら永遠にその評判は付いて回る。
 それでは駄目だ。救いの炎姫を生むと予言された《現代の聖女》に、その評価はどう逆立ちしても相応しくない。
 自身が持つ《伝説を生む者》エシィリアラの真名を、それに相応しい誇りを、想像を絶する厳しさと激しさで求める少女の性格を知っているからこそ、キヴェリエ伯爵はいっそ大胆とも言える方法でその命を狙ってみせたのだ。
 証拠がなければ、疑いは残る。そんなやり方を死んでもファレアはしないと、知り尽くしているから。
 ファレアの言葉とキヴェリエ伯爵の余裕の態度をどう判断するべきか量りかねてざわめく貴族たちを、サガは哀れむような心地で見回した。真実がキヴェリエ伯爵の上にないことを、サガはよく分かっているのだから。
 この場は、圧倒的にファレアに不利だ。ここにいる人間に見せ付ける為の確たる証拠がない。ただの《伝説を生む者》の我侭と取られかねない。
 けれどもファレアもまた、清冽な笑みを浮かべて叔父に対した。

「そう、私やレティの言葉だけで伯爵を裁けるとはもちろん思っていませんわ。そこまで皆様方も愚かではありませんでしょう?」

 コクリと首を傾げて可愛らしく同意を求めるのに、ためらいながらも幾人かが肯きを返した。沈黙を護っている者が多いのは、これによって自身もまた皇女の機嫌を損ね、吊し上げられるのではないだろうか、と言う恐れだろう。
 ファレアがそんなことをする娘かどうか、少し考えれば判るだろうに―――――
 そう思ったが、これはファレアの身近で彼女と付き合ってきたサガの、一種の偏見かもしれなかった。この場に居る者の殆どにとって、ファレアは初めて降臨した《現代の聖女》だ。遠慮や恐れが多分にあるのは仕方のないことである。
 数人の同意が得られたことをファレアは確認し、にっこりと微笑んだ。それだけで場の空気が、どこか和らいだものになる。

「皇帝陛下」

 父に向かってあくまで他人行儀に一歩足を進めた。

「お願いがございます。私の言葉しかこの場になければ、いつまでたっても真実がいずれにあるか知れぬまま、疑惑と混沌が皆の、そして陛下の内にも深く沈んだままでしょう。ですから陛下。リト・シュテインをこの場にお召しくださいませんか?」

 リト・シュテインの名が出てきた瞬間、今度こそはっきりとキヴェリエ伯爵の顔色が変わった。
 フォレシア帝国は建国以来、《未来視》や予言者に高い地位を与え、その言に従って国政を執り行ってきた。今でこそ実権は《六神殿》の内にあり、彼らの言葉を神々のそれとして国政を動かしてはいるが、元々は《未来視》《過去視》予言者たちがその立場を担ってきたのである。
 フォレシアの未来を予見すべく選ばれた者を《国魔女》と呼ぶ。その立場につく者の圧倒的に女性が多いことからつけられた俗称だ。そして《国魔女》が未来を偽って告げぬよう、設けられているのが《具象者》という存在だった。
 《具象者》は他人の心にもっとも強くある思いを幻として具現し、周囲に見える形に現すことの出来る者たちだ。この立場には通常複数の人間が選出され、《国魔女》の予言を具現する。それは音であったり映像であったり、かつては《国魔女》の中に降りてきた予言を周囲に居るすべての人間の心に響かせた《具象者》も居たと言う。
 リト・シュテインはその中にあって、当代随一の《具象者》と名高い女性だった。《国魔女》が告げた未来を寸分の違いもなく幻として具現してみせ、その幻の中に周りの人々を引き摺り込むその強大な力は、一度彼女の能力を目にする機会に恵まれた者は二度と忘れられないほどだ。
 その希代の《具象者》を、エシィリアラ=ファレアは引きずり出そうと言うのだ。

「姫君?」

 意図を計り兼ねた様子の皇帝が、困ったような表情になって末の娘の顔を伺った。出来れば何もかも自分に関わりのない所で進めて欲しい、そんな悲鳴が聞こえてくるようだ。
 現皇帝は、生まれながらに権力を持たぬ傀儡であった。幸運にも《伝説を生む者》との予言を受けた娘をもうけ、それがゆえに皇帝家の権力の回復を望みはしたが、そうでなければ一生《六神殿》に逆らうことなく生きていただろう事が容易に伺える、そんな男だった。
 サガは正直に言ってしまえばだから、そんな皇帝に哀れみすら覚える。自分の意志を持たず誰かに流されるままに生きてきた、それが処世術であることに気付きたくはなかった。
 下町に生きる者ならば、そんな甘いことではとっくに死んでいる。騙すか騙されるか、生きるか死ぬか、そんな世界がすべてのあの汚れた町で、さしたる目的もなく生き抜くことは出来はしない。
 必要なのは、必ず生き延びてみせるという明確で強靭な意志。何があっても生き抜くことに滑稽なほどの誇りをかけてみせるだけの強さ。
 ファレアにはそれがあった。だからあの小さなコドモは生き延びて、今こうして輝くばかりの美しさを称えられる年頃の娘となった。
 けれどもそれは、ただ顔立ちの美しさによるものだけではなく、己の存在を賭けた誇りの高さゆえのものだ。
 その強い意志を秘めた瞳で、ファレアは優雅に微笑んだ。微笑みは、鉄の鎧だ。

「陛下。リト・シュテインをお召しくださいませ。我がフォレシア帝国の揺るぎ無い結束と繁栄の為に」


 そしてその微笑みを打ち破れるものは、サガの知る限りはたった一人しか居なかった。


to be continued.....


<back<   ∧top∧   >next>





top▲