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刻告鳥の世這う朝


第三十九羽


 そのままシャンと連れ立ってリラの定食屋で朝飯を食べながら情報交換を済ませ、ついでに行き会った子供たちからも別の事件が起こっていないかと、〈艶璃庵〉での事件を下町連中に触れ回るように指示をすると、サガはいつも通りボロ小屋に戻ってソールを叩き起こした。
 これはまぁ、一種の日課のようなものだ。毎晩男たちを相手に春を売りまわっているソールは必定明け方に寝付く事が多く、サガが活動をして居る時間には寝ている事が多い。その習慣のせいで、たまに早く寝付いてもソールは、昼過ぎまでごろごろと寝台の中で過ごすことが多かった。
 だがさすがに今日は、サガが間違いなく一日〈風の下町〉に居る事が判っているため、ソールは夜遊びを遠慮しておとなしく過ごしていたらしい。ポカリと一発頭を殴ってやっただけで、ぐずりもせずにすぐに目を覚ますとピンシャンと動き出した。ちなみに殴ったのはまったくの習慣のものであって、別にソールがなかなか起きなかったわけではない。
 これまたいつもの習慣で〈読心力〉でサガの心を読み、〈艶璃庵〉での事件を知るとソールは、さすがに眉をひそめて険しい瞳になった。ソールにとって〈艶璃庵〉は、下町に流れてきたサガと二人で悪さをしながら暮らし始めるまで、一時下働きの子供として身を寄せていたこともある馴染みある場所だ。まして死んだジェインとも知らない仲ではなかった。
 だがこんな事は、これから〈スペラグ〉がますますの猛威を奮い出せば、幾らでも起こり得る事態だ。実際、〈風の下町〉とは縁のなかったはずの帝城で、〈スペラグ〉が原因と見られる爆死事件が起こっている。その後はソールの元にファレアからの連絡はないようなのでそれ以上の事件は起きていないようだが、それはこれからを保障するものではなかった。
 だからソールは、わざとまったく別の話題に意識を切り替える。

「ひどいな、サガ。リラの定食屋に行くなら誘ってくれれば良かったのに。その上シャンとデートしてくるなんて、妬けるよね、まったく」
「言っておくが、そんな受け取り方をするのはお前くらいだ」

 渋い顔でサガは反論したが、最初からソールには聞く気がないのでまったくの無意味ではあった。この言い回しなり、思考回路なりはソールなりの処世術みたいなものだ。わざと大真面目に道化を装うことで、ソールはソールの中の何かを守っている。それが判って居るからサガもまた、渋い顔はしても本気で止めさせようとは思わなかった。
 ブツブツとなにやら文句を唱えながら起き出してきたソールは、ホワァ、と大きなあくびとともに伸びをする。

「あーあ、この僕が随分健康的に寝ちゃったよ。お陰で稼ぎがパァだ。サガ、責任取ってくれる」
「バカか。何で俺がんな事しなきゃなんねぇんだよ。第一お前、普段からアホみたいに溜め込んでんだろうが」
「お金は幾らあっても良いからね。僕の欲求不満には付き合ってくれないんだ?」
「遠慮なくそこらのバカ等を引っ掛けて来い」
「まったく、つれないね、サガ」

 冷たい物言いはいつものことで、ソールは苦笑して瓶から水を汲んでバシャリと顔に引っ掛けると、パンッ、と両手で頬を張って完全に意識を覚醒させた。それを見計らってサガがガタガタと立て付けの悪い扉から外に出る。
 優雅な様子でサガに続いて出てきたソールを確認して、サガは無言のまま歩き出した。どうせこの相棒は、サガがこれからどこに行こうとしているのかだって〈読心力〉でとっくに知って居るに違いないのだ。案の定、何の疑問もはさまずにソールも横に並んで歩き出す。
 昔から、何か事があればサガとソールは一緒に行動するのが常だった。ソールの〈読心力〉や観察力は実に役に立つし、それなりに荒事の腕前も立つから喧嘩の相棒としても役に立つ。一番最初に背中を預けて戦うことを覚えたのは、この相棒が相手だった。今でこそ別行動も多く、単に同じボロ小屋に住んでいる同居人に見られることも多いが、それでも事あらばやはり連れ立って行動するのが彼らの習慣で、生き残る最善の道だった。
 特に言葉を交わすでもなく、まるで暇つぶしの散歩でもするかのようにだらだらとした様子で下町を歩く二人の姿に、行き会ったゴロツキ等が揃って礼をする。半分は実際に彼らの実力を知っているものであり、もう半分は周りから彼らがこの町のトップだと聞かされた者だ。ここしばらく〈風の下町〉での荒事には縁遠かった二人の実力を知るものは、入れ替わりの激しいこの街ではどんどん少なくなっている。
 それでもちょっと注意をしてみれば、彼らが本当に暇をもてあまして、というわけではまったくない事はすぐに知れた。その証拠にくだらない軽口を叩きながらも二人の視線は鋭く町の隅々まで向けられており、視界の隅でコソとでも不審に動くものがあれば即座に対応できるよう、常に全身の筋肉に程よく緊張をみなぎらせている。
 その緊張感を感じ取れないようでは、下町で生き抜く事は出来ない。そしてこの二人が本気になった時に勝てる相手かどうか、見抜く目を持っていなければなおさらだ。ゆえに下町のゴロツキ等は、例え実際に彼らの実力をこの目で見た事がなくてもサガたちに敬意を払う。これもまた下町で生き抜くための不文律のルールみたいなものだった。
 サガ、とソールが何気ない調子でクスクス笑う。

「大分、顔が売れてきたみたいだね。この調子で一日過ごせば随分と有名になれるよ」
「……………」

 ソールの意味する所が〈夜の貴族〉を名乗る彼のネームバリューによるものだと、理解してサガは口をへの字に曲げた。もちろん本気ではないにせよ、そんな理由で有名になるのはごめん被りたいところだ。ただでさえ彼は、帝城に行けば〈皇女ファレアの情人〉との噂もされている身であるから、ますますの面倒は遠慮したい。
 その内心を〈読心力〉で読み取るまでもなく推し量り、クス、とソールがいつもの甘ったるい、サガに言わせれば何を企んでいるのか得体の知れない笑みを浮かべた。もちろんソールは本気で言っているわけじゃないが、この愛する相棒の反応を見るのが彼は割りと好きだったのだ。
 大通りから曲がって小路にそれ、幾つかの小路を通り抜けて、向かう先は〈風の下町〉の台所ゴモク屋だ。食料品からくだらないガラクタまで、ありとあらゆるものを扱っているこの店は、情報屋としての一面も兼ね備えている。もちろん本職には遙かに及ばないが、〈風の下町〉でもっとも長く暮らす店主の人脈は、どうしてなかなか侮れない。
 もちろん侮れないのはこの店主自身でもあるわけだが、と思うサガの隣で、ソールがいつもの軽い口調で「やあ爺さん」と声をかけた。

「お早う。なんかネタはあるかい」
「ふん、珍しいこともあるもんじゃな」

 今日も今日とて、十年は売れたことのなさそうな品々に囲まれて不機嫌そうな面構えのゴモク屋店主は、妙ににこやかなソールの顔をねめ上げて大いに不機嫌に鼻を鳴らした。これは彼のいつもの仕種だ。ゴモク屋店主は、相手を気に入れば気に入るほど態度が横柄になり、口が悪くなる。
 そういう意味で、ソールはゴモク屋店主のお気に入りである。恐らく他の誰も買わないような珍妙な品を時々買っていくからだろう。そして多くの場合その品はサガに託され、帝城に行った時の皇女ファレアへのお土産の品になるのだった。
 ゴモク屋店主は実に不機嫌そうに唸り声を上げる。

「〈夜の貴族〉とやらは廃業したかね、坊主。まぁ先はない商売じゃからな」
「うん、まぁ、サガが僕のものになってくれたらいつでも廃業するんだけどね」
「喧嘩しか知らん小僧にも先はないだろうよ」
「アハハ、爺さん相変わらずきついなぁ。でも僕はサガ一筋だからね、いざとなれば僕がサガを養うからさ―――――ところで爺さん、今日はネタ切れかい?」
「ふん」

 ソールの揶揄に、ゴモク屋はピクリとも表情を動かさぬまま鼻を鳴らした。どうやらプライドを傷つけられたものらしい。のっそりと腕を動かして、乱雑に置かれた品の中から何やらを取り出してみせる。いつもながら、良く置いた場所を覚えていられるものだ。
 ピン、と弾いて寄越した手の中のものは、薄汚れたどこにでもあるようなビル鉄貨だ。狙いたがわずソールの手元に飛んできたのを、面ばかりが綺麗な男は危うげもなく受け止め、ふうん、とにっこり微笑んだ。

「僕ってば爺さんに期待されてるなぁ」

 ついでに吐いて見せた真意の知れない言葉に、ふん、とまたゴモク屋店主が唇をゆがめて鼻を鳴らした。どうやら図星だったと見え、追い払うようにそっけなく手を振る。
 ソールは懐から情報料としてシトロ銅貨を一枚放ると、ついでに棚から目に付いた乾パンを一掴み懐に突っ込んだ。サガもついでなので干ナバーを二袋ほど掴み、ビル鉄貨を適当にゴモク屋店主に向かって放り投げる。それらすべてを危うげなく受け止めて、ゴモク屋店主はぎろりと下町を牛耳る男を睨み挙げ、「後はツケじゃ」と重々しく唸った……………どうやらまだ搾り取る気らしい。
 はいはい、と肩をすくめて店を出て、ソールにちらり、と視線を向ける。その意味を間違いなく読み取ってソールはにっこり微笑み、これね、と先刻ゴモク屋店主から投げて寄越されたビル鉄貨を掌に乗せた。

「〈スペラグ〉の関係者が二・三日前に、リラの定食屋で支払いに使ったらしいよ」
「……………あのクソ爺、何でそんなもんが判るんだ!?」
「さぁ。案外爺さん、犯人まで判ってるかもしれないなぁ……………これにはまだ使ったヤツの〈心〉が残ってる。まだ騒ぎが足りない、もっとクスリをばら撒かせろ、ってね。随分、物騒な考えの持ち主みたいだね」

 真剣な瞳ながら声色だけは相変わらずわずかに笑いを滲ませ、歌うように言葉を紡ぐソールに、そうか、とサガは頷いた。いかに見た目は争いごとに無縁の優男と言えど、ソールはサガの右腕としてあらゆる場面で役立ってきた男だ。たいていの荒事には慣れきっていて、退屈しのぎの見世物程度にも心を揺らしはしない。
 そのソールが、冗談めかしながらも真剣な瞳で、物騒な考えの持ち主だと断じたその関係者とやらは、実際下町のゴロツキ等をして手に余る荒事専門の連中なのに違いない。そう考えてサガは、無意識のうちに普段から懐に収めた鉄つぶてを確認する。サガほどの腕前であれば滅多なことでは道具を使うまでもないが、用意だけは怠らないに越した事はない。
 ちら、と乾パンをポリポリやりだした相棒を見やれば、ひょい、と掌から手品のように投擲ナイフを取り出して見せる。この相棒はどちらかと言えばこちらがメインの得物で、適当な相手であれば素手でも十分にやりあえる実力はあるものの、見た目どおりに殴り合いだのなんだのは得手ではなかった。
 もっとも、投擲ナイフを持たせた相棒にはサガですら敵うかどうかは不明だが―――――そう思いながら、二人は次の目的地へと足を向ける。魔法具師ビレズの店は、ここから筋を二本違えた裏通りだった。


to be continued.....


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