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夜鳥木の世界の終焉


第五羽


 ファレアの婚約者は生まれる前から決まっていた。それはファレアが《伝説を生む者》ではなかったとしても変わらぬ事実だ。
 フォレシア建国神話は唄う。双子の姉弟神、長じて夫婦となりて生と死を永久に司る神となる。世々限りなく人の魂を治むれば、人の子必ず双子で産まるる。ただ一人にて産まるるは神の子、夫婦神の治むるうちにあらず、と。
 その故事を受けて、フォレシアでは当然のように、兄弟婚こそが最も神の御心に叶うものとされた。中でも生死の夫婦神と同じ姉弟の双子の結婚は《神婚》と呼ばれている。兄妹の双子の結婚はその次に貴ばれ、双子に限らず血族の中で婚姻を重ねることは何より神の御心に叶うものだとされていた。
 ゆえに貴族の間では《一族の女は全て一族の当主の妻である》という慣習が生まれている。それを証明するように、兄弟姉妹間のみならず母子間や父娘間でも婚姻が結ばれるほどだ。
 ファレアの婚約者はだから、目下の所は二つ年上の双子の兄皇子だ。他にも異母弟が居るには居るが、今日17歳を迎えるファレアと歳の釣り合いが取れるのは現在はこの二人の皇子だけである。もしこの二人の身に何かあれば異母弟たちの誰かがファレアの夫となり、フォレシア皇帝家を継ぐだろう。

 それが、ファレアが《伝説を生む者》と呼ばれ、《現代の聖女》と呼ばれる意味。

 血縁婚が貴ばれるフォレシア帝国だが、それよりなお貴ばれるのは《聖なる者》―――――人より神に近いと祝福された存在との婚姻だ。多くは《神子》や、常人よりは神々に近い存在が《聖なる者》と呼ばれ、代々のフォレシア皇帝家に皇帝や帝妃という形で迎えられた。そうして神々の代行者としてフォレシア帝国を支配してきた。
 そのせいかフォレシア皇帝家には《神子》が生まれる事が多い。ゆえに他に該当する《聖なる者》が存在しない場合、皇帝家の人間がその代行を務めることもある。
 皇女エシィリアラ=ファレアは、厳密に言えば彼女自身が神に近しいわけではないが、やがて《伝説の聖女》シク=カルフィ=レイアの母たる予言を受けているのだから大枠で見て《聖なる者》と呼べなくない。ファレアの夫がフォレシア帝国の皇帝となる事実は変わらない。
 《聖なる者》が娘だった時、その少女は特別に《聖女》と呼ばれる。そして《聖女》である娘は婚約のその日まで伴侶の姿を見てはならない。

 それは《聖なる者》の中でも《聖女》と呼ばれる存在にだけ課せられた、ある特別な儀式の為―――――

 ゆえに皇子たちは、《現代の聖女》ファレアの前に姿を現す事は禁じられ、ファレアの住まうスリシュテ・パレアに近付く事すら禁じられている。逆にファレアも噂話以上に彼女の兄達の事を知らないし、影すら見た事はない。5日前、叔父のキヴェリエ伯爵を断罪する為に帝城へ出向いた時ですら、間違っても皇子たちと鉢合わせにならない様、親衛隊長のルサカ・バドランドを先に立たせて細心の注意を払っていた。
 それが今、あえて「どんな男か」と意見を求めてくるのはなぜなのだろう?
 サガはうーん、と首をひねった。
 やはり婚約が目前に近付いているから、さすがに気になったのだろうか。それとももっと別の、何かサガには理解できない心理なのだろうか。サガにはいわゆる女心と言う奴が全く理解できない自信があった。
 こんな時ソールか、サガの《華》であるドーラン街の娼婦ターニャが居れば、まだ理解できたのかもしれないが―――――

「そう、だな。多分ファウに似た、生真面目なヤツなんだろうよ」
「・・・・・・どういう意味、サガ?」
「言ったままの意味だ。ファウは生真面目だからな、やっぱり兄貴も生真面目なんじゃないか?」

 サガが考え考え述べた意見は、残念ながら皇女殿下のお気には染まなかった様である。そう、と何気なく流してはいたものの、内心では子供のように頬を不満で膨らせたに違いない。
 たとえ他に誰も居なくとも、そこまでコドモじみた振る舞いをするのは、年頃の娘なら恥じらう所作だ。だがなぜだかサガは必要以上に押し殺されたファレアの心を垣間見た気がして、再びファレアから視線を外して遠くを見つめた。
 その先に見えるものは、今はまだない。
 ファレアは今日、双子の兄たちと婚約する。それはファレアが《伝説を生む者》の予言を持つ娘だからであり、それゆえにフォレシア皇帝家の《花嫁》として定められたからだ。まだ《花嫁》の誓いは立ててはいないが、それ以外の道を選択する意思は、皇帝家にも、ファレアにも、無い。
 それがファレアの、サガがこの命を懸けて守るに値すると判断した娘が自ら定めた存在意義。ファレアがファレアとして存在する証し。
 だからサガはその選択に何も言わない。誇り高いこの娘の選択を、哀れだと思っても止めない。サガがファレアを気に入っているのはその、いっそ病的なまでの誇り高さだ。その誇り高さが《伝説を生む者》としての己の運命に依存し、だからフォレシア皇帝家の《花嫁》になることを息をするより自然に選んだ事を、理解しているからサガは何も言わない。
 ただ、哀れに思うだけ。そしてファレアが誇り高いまま在れる様、この手で守ってやりたいと願うのだ。

「ファレア様、お時間です」
「解りました」

 軽いノックの音と共に告げられた侍女の言葉に、ファレアの表情ががらっと変わる。自分の運命を真っ直ぐ見据え、それに立ち向かう事を誇りとする、それは戦士の表情によく似ている。
 皮肉な事にこういう表情が、少女は最も美しかった。


to be continued.....


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