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夜鳥木の世界の終焉


第九羽


 サガの予想通り、次に始まった生誕式の、ファレアの役目はものの5分で終了した。

 先刻ルサカとファレアにしっかり聞かされた所に寄れば、生誕式とは皇帝家の人々と神殿の関係者の前で17歳になった報告をする場らしい。ファレアが古来からの言い回しにのっとって今日で17歳になる事を神々と血族に報告し、神殿関係者と皇帝家の人々はそれに対して長々と祝辞を述べるのである。
 そんなものわざわざ儀式にしなくても一言言えば良いだけじゃないか、とサガは心底呆れ、どうせ5分で終わるものを一体どれだけ引き伸ばす気だ、と散々言い募ったのだが、皇帝家を始めとするお貴族様と言うのは概ね回りくどく長ったらしく話すのを美徳としている。そしてそれがどんなに下らない事であったとしても、大仰な儀式に仕立て上げるのもまた、彼らの信じる美徳の一つ。
 その美徳にしたがってファレアはエスコート役のルサカとボディガードのサガを従え、先の浄火の儀式より遥かに人の集まった帝城大神殿の大広間で、これ以上無いほど完璧な所作で名乗りをあげ、両親である皇帝夫妻と神々に17歳を迎えた事を報告した。その口上を5分も引き伸ばせるのはむしろ尊敬に値する、とサガは思う。
 儀式自体は午前中を目一杯使って行われ、皇帝家と《炎神殿》がぞろぞろと、ファレアに対して17歳の祝辞を述べた。
 フォレシア人にとって、17歳は特別な歳だ。この歳から完全な大人と見なされ、親の庇護を離れたものとされる。それは遥か昔、【古王国】時代から連綿と続くしきたりの一つ。
 だが下らない話を聞く事の苦痛には変わりなく、途中、真剣に控え室に戻って寝ていようかと考えたのを、気付いたファレアがこっそり睨み付けると言う事も在った。
 ファレアがサガの暴虐無人な振る舞いを怒るのは、それによってサガの評判が落ちるからだ。サガは自分の評判などどうでも良いが、ファレアはサガ以上にサガの評判に気を使う。それはきっとこの娘が、未だにサガを『巻き込んだ』負い目を感じているからだろう。
 そしてサガの評判が落ちると言う事は、ひいてはサガを引き立てたファレアの評価も下がると言う事だ。ファレアはそんなことは気にしない娘だったが、サガはそれを多いに気にする。どこまでも誇り高く《伝説を生む者》の名に相応しくあろうとする少女の、自分が足かせになるなんてとんでもない事だ。
 おかげで36回もあくびを噛み殺す羽目になったサガは、隣で澄ました顔で儀式を見守っていたルサカに後で散々腹を抱えて大笑いされる事になったのだが、それはまた別の話だった。


 正午の鐘と共に生誕式は終了し、半刻の昼食時間を経て婚約式が催される。
 本来であれば、生誕式の後の昼食は盛大な宴会となる。この宴会はよほどの例外を除けば一族全員が出席するし、それ以外にも友人からただの顔見知りに至るまで、いかに多くの人間を招けるかで、主役である17歳の子女たちの未来が決まると言われた。
 フォレシア帝国神話は唄う、《始まりの神子》パンバニーシャ姫は炎風地水生死の六柱の神々に創られたもう恵みの聖女なり。この神子、十六の歳に祖王と出会い、十七の歳を待って婚姻を結ぶ。ゆえに祝福を司る女神レイア、パンバニーシャ姫が為に祝宴を設ける。
 時に、背徳の御子トライソンは神々の血族の末席に連なる者にして、《始りの御子》パンバニーシャ姫の忠実なる信奉者であった。トライソンはパンバニーシャ姫を妃にと望んでいたが、パンバニーシャ姫はそれを望まなかった。ゆえに背徳の御子トライソン、パンバニーシャ姫の為の宴への出席を拒むも、《大地の女神》ディオナに叱責される。曰く『パンバニーシャ姫は我ら神々の娘、人と神の間に立つべく造りし娘なり。かの姫の幸いは我ら神々の幸い、かの姫の栄えは我ら神々の栄え。改めよ、トライソン。かの姫を祝福する事は、我ら神々の行く末を言祝ぐことである』と。
 この故事に従い、17歳を迎えた子女の為に宴会を催す事は、一族の名誉と行く末にも関わる一大イベントとされる。それも盛大であればある程良いとされ、道行く人間にまで祝い菓子を配るのが慣例だから、ヴァガスの貴族街にはいつも祝い菓子目当ての子供がうろうろしている位だ。

 だが本日の主役であるエシィリアラ=ファレア・ヌ=フォウレシアは、17歳を迎えた皇女であると同時に《現代の聖女》である。

 宴会を催すからには、ファレアの二人の兄も当然そこに顔を揃えなければならない。17歳の宴とは一族全員で祝うものであり、それがひいては一族の繁栄をもたらすとされるからだ。
 けれども《聖女》であるファレアは《婚約者》である二人の兄と、婚約式以前に顔を合わせる事は許されていない。それは建国の祖王によって定められた、フォレシア帝国に揺るぎ無い繁栄をもたらす為の掟だからだ。
 暗黒時代を終わらせ人々を救いに導くと預言された《伝説の聖女》シク=カルフィ=レイアは、この時代に在って最も切望される存在。その《伝説の聖女》を生むと預言された《伝説を生む者》エシィリアラ=ファレアもまた、この時代に在って必要とされる存在。
 ファレアの結婚は言わば第一級国家プロジェクトだ。ファレアの結婚にまつわる全ての事柄は完璧に、滞りなく進められなければならない。
 それはフォレシア帝国の閉ざされた未来を開く為。
 だから本来であれば生誕式と婚約式の間に行われるべき宴会を婚約式後の夜会という形に変え、昼食は来賓の為の会食を催すのみで、ファレアは水晶宮に戻って身体を休める手はずになっていたのだが。

「そんなにあからさまに不貞腐れた顔をするなよ」

 ルサカ・バドランドの苦笑混じりの指摘に、サガはぴくりと眉を動かした。この状況が不満でなくて、一体何が不満だと言うのか。
 じろりと睨みあげたサガの目つきは相当悪かったが、ルサカの表情は呆れたような笑顔からぴくりとも動かない。サガとの付合いはもう5年になる。その間、顔を突き合わせた数は数え切れず、睨まれた事も一度や二度ではきかない。早い話が慣れてしまっている。
 それでなくともいざ実戦となれば、この涼しげな美貌を誇る親衛隊長だって鬼神の如き形相にもなる事だってあるのだ。それが戦と言うものだし、そう在るのが武人と言うもの。
 サガはルサカの涼しい顔にため息を吐き、ようやく眉間に寄った皺を緩ませた。もっともそれが消える事はない。
 やれやれ、とルサカが肩を竦める。

「仕方がないだろう。せっかくだからこの機会に共に昼食を、と言う皇帝陛下のお考えは当然の事だ」
「断れば良かっただろう」
「無茶を言うな、そんな事をすれば姫君のお立場が悪くなる。判っているんだろう、サガ?」
「・・・・・・・・・・・・」

 勿論言われるまでもなく、ルサカの言葉が正しい事は判っている。ファレアが取った行動が正しいと言う事も判っている。
 だがしかし。

「よりによって男子禁制の後宮でなくても良いだろう?」

 ボディガードであるサガすら立ち入る事を許されない、皇帝以外の男の進入を拒むその場所が、公式には初めて顔を会わせた親子の親睦を深める昼食の場でなければ、ここまでサガは不貞腐れはしなかったのだ。
 そもそも水晶宮に戻ろうとしたファレアに「是非昼食にお招きしたいのですが」と言い出した皇帝が悪い。いや、勿論立場的には父親なのだし、娘と食事をしたいと言う気持ちが間違っているかと言われればそうではないが、それでもやっぱり皇帝が悪い。
 そうなればファレアは立場上「喜んで」と受けなければならないし、その場所が後宮と言われれば「ではサガとルサカは下がっていなさい」と命じざるを得ない。後宮は皇帝以外男子禁制だ。後は男を捨てた宦官か、14歳以下の皇子のみだ―――――フォレシア帝国では一般に14歳で成人したと見なされる。
 ふむ、とサガの発言にルサカは首をひねった。

「だが君は、姫君のお側に居なくてもその危機を察知し、お救い申し上げる事が出来るだろう?」
「いざとなればな」

 ファレアが常に身に付けている魔法の鈴飾りは、身に付けている者に危険が迫ればそれを知らせる魔法がかかっている。そしてサガは《空間使い》の力を使えばどこでも、一瞬でファレアの元にいく事も、逆にファレアを引き寄せる事も出来る。
 それはやりたくない最終手段だけれど。自分の力を嫌っているサガにとって、いくらファレアを守る為とはいえ、出来る事なら使いたくない力である事は確かだけれど。
 表向き、この力のお陰でファレアの側に堂々と居られるのは事実だし、ボディガードのくせに夜は帰る事が出来るのもこの力のお陰だけれど。

「でもそれじゃ、意味がない」

 この現実を受け入れざるを得ない自分が腹立たしくて絞り出した言葉を、理解できる筈のないルサカは首を傾げた。


to be continued.....


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