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夜鳥木の世界の終焉


第十八羽


 《婚約式》は古来よりの手順に従い、ゆっくりと進んでいった。
 二人の皇子は尊き妹皇女に恭しく膝を折り、差し伸べられた手の甲に口付けた。ファレアはそれを穏やかな微笑みを浮かべて受ける。そうして皇子たちが再び立ち上がると、《炎神殿》の神姫イヴェリアが兄妹の名を順に呼んだ。

「皇子ミルトレイ・ヌ=フォウレシア。そなたはこれより《聖女》エシィリアラ=ファレアと婚約をかわし、《聖女》の選定を希望する事に間違いありませんか」
「無論」
「皇子アストレイ・ヌ=フォウレシア。そなたはこれより《聖女》エシィリアラ=ファレアと婚約をかわし、《聖女》の選定を希望する事に間違いありませんか」
「ありません」

 受け答えにはそれぞれの皇子の性格が表れているようだ。皇子ミルトレイは血気に熱く、皇子アストレイは智に走る。兄皇子は動の皇子と呼ばれ、弟皇子は静の皇子と呼ばれる。
 なるほど城内の噂もたまには当てになるものだ。

「まぁ、本当に有象無象のろくでもない噂も在るがね」

 ルサカは妙な所で保証する。四男とは言え貴族階級の彼にとって、噂は日常生活のたしなみのようなものだ。当然信頼の置ける情報源は幾つかもっているし、それ以外の噂でも大体真偽のほどは勘で判断が付くらしい。
 噂話を嫌っているサガはそのコメントに眉をひそめたが、ルサカは涼しい顔で何人かの名前を挙げ、この辺りの人間は大体信頼の置ける情報を持ってる事が多い、と教えてくれた。ただ惜しむらくは、サガはそもそも貴族連中とは関わり合いが無く、一体誰の事だか皆目見当が付かなかった事だろう。
 ―――――目の前では神姫イヴェリアがファレアに向かって、皇子二人を婚約者とする事に依存はないか問い掛けている。ここで否と言った娘は未だかつてただの一度も居ないが、儀式の手順なのだから仕方がない。

「その噂の中にファウの命を狙いそうな風魔法の使い手の話はなかったのか?」
「残念ながら、逆にありすぎて絞り込めないな」

 ルサカは目を細めてうっすらと微笑み、意外なほどがっしりとした方を軽くすめた。彼が親衛隊長として命を捧げる皇女が、《六神殿》を始めとする様々な人間から命を狙われていることは、もはや言うまでもない事実だ。噂だけなら有象無象にあるし、それらすべての真偽を確かめて回るには人手が足りなさ過ぎるときた。
 だが先刻の《暴漢騒ぎ》の前に起こった魔法の風は、明らかにファレアに害をなそうとしたものだった。確かにあの騒ぎはルサカとサガでお膳立てしたものだが、当初は煙幕弾を使って気をそらし、その間にファレアを拉致するように見せかける計画だったのだ。"協力者"が機転の効く人物で、上手くあの突風を利用してこちらの狙い通りに事を運んでくれたから良かったようなものの、一歩間違えばあの風こそがファレアの死の序曲だったのかもしれない。
 皇女ファレアを狙う者は多く、その中に含まれる魔法使いも無論数え切れない。まして通常、魔法を生業とする者はニ・三種類の属性魔法を同時に習得することも珍しくないから、それ以上絞り込むことも難しい。
 だが、やらなければならないのだ。一先ずのファレアに迫る危険は遠ざけたが、あくまでルサカとサガの見解による《最も可能性の高い》危険を遠ざけたに過ぎない。風の花ブランシェス自体が相手の目くらましという可能性もある。
 ―――――ファレアは神姫イヴェリアに「依存ありません」と肯く。神姫イヴェリアがそれを受け、他の5人の神殿の長達に同意を求める。

「何にしてもあの女は怪しい」
「メラル=エウジェニアか?」

 あからさまに偏見に満ちたサガの断言に、苦笑交じりにルサカは応える。けれどもルサカ自身、エウジェニアが完全に潔白だとは思っていなかった。
 確かにあの態度は怪しすぎる。もし予想通り、このブランシェスの花飾り―――――先刻までファレアの胸を飾っていたそれは今、ルサカの胸で誇らしげに可憐な白い花びらを震わせている―――――が件の預言の《風》ならば、それを与えることを反対したエウジェニアは、すなわちファレアから命を奪う為の何らかの魔法の《媒体》を離したくなくて、あれ程までに反対したのだとも考えられるのだ。
 だがどちらにしろ証拠はない。疑わしいだけで排除するには、エウジェニアには地位がありすぎる。それに本当に花飾りが《媒体》だったとしても、エウジェニアがそれを企んだ証拠にはならないのだ。そもそも花飾りは帝妃ツェツィとの連名で送られたもので、生花を花飾りに加工するために幾人もの魔法職人の手を経ている。それらの魔法職人のうちの一人がこの機会を利用した、という可能性も否定できない。
 それに、さらに穿った見方をすれば、ああしてあからさまに疑われるような行動を取ることで、逆に自身から疑いの目を逸らそうとしている、とも考えられるのだ。
 大体人というのは後ろめたいことがある時、ことさらなんでもないように普段通りに振舞おうとするものだ。けれどもそれはよほど普段から意識していない限り、どうしても日常のそれとは違和感が出てしまう。ならば逆に怪しさを前面に押し出せば、逆に疑わしく見えないものだ。ましてあの時は誰もが混乱していてもおかしくなかった。
 ―――――全ての神姫と神王の同意が得られたのを確認して、神姫イヴェリアは再びファレアと皇子たちに向き直った。無言のまますっと左手を上げると、ガラスの小箱を奉げ持つ巫女が静々と現れ、中に収められた婚約の証しの銀の腕輪を皇子たちの前に差し出す。
 皇子たちはガラスの小箱から二対の銀の腕輪をそれぞれ取り出し、順番に誓いの口付けをかわしてファレアの細い左手に銀環をはめる。古来より婚約の腕輪は心臓に近い左手につけるのが習わしだから、皇女の左手首は銀の擦れ合う音でたちまち賑やかになる。
 ちなみに余談では在るが、この婚約の銀の腕輪も、まさかサイズの合わないものを用意するわけにいかず幾度か試着し、万全を期して用意された訳なのだが、ファレアは試着の度にうんざりとした顔で『見るたびに装飾が増えて重くなっていくのよ。これを二つもつけなくちゃいけないなんて、私の腕によっぽど筋肉をつけたいのね』と語ったものだ。

「が、どちらにしたって証拠はない」

 ため息交じりの友人の言葉にサガはしぶしぶ首肯する。そんなコトはサガにだって百も判っている。どれほど状況が整っていても、証拠がなければどうしようもない。
 5日前にファレアの命を狙ったかどで処刑されたキヴェリエ伯爵とてそうだ。あの男がファレアの命を狙っていたことはずっと前から判っていたにも関わらず、ファレアが証拠を突きつけるまではファレアの後見人として、叔父として宮廷に君臨し続けた。おそらくは皇帝ですらその事実を知っていたにも関わらず、それが白日の下に曝されるまでは知らぬフリをし続けた。
 帝城とは、貴族社会とはそういう所。証拠さえなければどんな罪でも許される、それこそがこの狂った時代の最大の恩寵。

 だが逆に、証拠さえあればどんな相手でも断罪できる。

 今回は特にことがことだ。フォレシア帝国最高権力を保持する《六神殿》も公式に認めた《伝説を生む者》エシィリアラの命が狙われたのである。ファレアの敵は多く、味方はなお多い。ファレアの命を狙うものの先に居る《六神殿》は、皮肉なことにファレアの命を守る為にも役に立つのだ。
 ならば何としても証拠を見出してみせる。なければでっち上げてでも、ファレアの命を狙ったことを後悔させてやる。
 暗い決意を固めたサガの耳に、神姫イヴェリアが三人の男女に祝福を与え、《婚約式》の全ての儀式が終了した事を告げる声が聞こえた。


to be continued.....


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