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夜鳥木の世界の終焉


第ニ十六羽


 アニエスの言葉に、なるほど、とサガは得心した。エレメンツのうちの一つ《地使い》の能力のことは、サガも多少聞き及んでいる。強大な力を持つ《地使い》であれば、地面の上で起こったすべての出来事をその目で捉えることも出来る、と言われていた。
 エレメンツ―――――《属性使い》とはその名の通り、ある特定の属性のみに根ざす力を自在に操る力を持つ人間のことだ。広義で言えばサガの《空間使い》もまたエレメンツの力である。だが一般にエレメンツと言えば炎風地水生死の六元素使いのことを指し、大体町や村に一人居れば上等ぐらいの希少価値を持っていた。
 《地使い》の力は大地と月光に根ざす力。大地の力に分類されるのは守護と知恵。世界創生のとき、この地に生きる生き物たちが夜の闇の中では心細かろう、視界を閉ざされては不便だろう、という深い思慮から知恵を絞り、《大地》の女神ディオナは闇夜をほのかに照らす月球を創った。ゆえに《地使い》は大地と月光の力を司る。
 その《地使い》を名乗る少女は、サガを見上げたまま揺るがぬ微笑みを貼り付けた。

「いかな結界魔法もわたくしの《眼》を逃れることは出来ませんわ。そなた達の企みも、預言の姫を狙う企みも、わたくしの《眼》には一目瞭然」
「ならなんで最初に言わなかった!?」
「面倒でしたの」
「……………は?」
「企みを暴くなんて面倒ごと、わたくしごめんですわ。それに狙われていたのは預言の姫だったのですもの、関係ないじゃありませんの。第一企みを見てしまったのだって事故でしてよ。想像して見て御覧なさいな、四六時中《目》を開いてるなんてわたくし、頭がおかしくなりますわ」

 おい、とサガは頭痛を覚えた。何もなかったから良かったようなものの―――――面倒だから、関係ないから言わなかった?それでなくとも人の命がかかっているのに?一体どこまでこちらの度肝を抜けば気が済むのか、この娘は?
 聞いてるこっちが頭がおかしくなりそうだ、とサガはしみじみとため息をついたが、頭の片隅ではアニエスの言い分ももっともだと思っていた。自分に関係ないことはすべて切って捨ててしまえる、それこそが正義である世界をサガは知っている。
 5年前の混乱の日、ファレアが現れる前の下町は正にそういう世界だった。自分自身が生き抜くためなら何でもやった、仲間と呼んだ相手を利用して裏切ることに何の感情も抱かなかった。裏切られる方が愚かなのだ、生き延びたいなら自分以外の誰も信頼するべきではない。死んだ者が何を言っても負け犬の遠吠えではないか。生き残ることこそが正義の証。
 サガが生きてきたのはそういう世界だ。あの頃のサガなら、ソールすらも裏切れた。かなりの部分で信頼しながら、最後の一線で踏み込ませない場所があった。それは生きる為に必要な、当然のことだった。
 今のサガは、ルサカやウィナを心から信頼していなくても、最初から裏切ろうとは思わない。むしろギリギリまで信頼してみようと思うのは、ファレアがそれを望むからだ。きっと今のサガに、ソールは裏切れない、何があっても。
 それは自分が弱くなったと感じさせると共に、とても心地好い感覚。
 けれどもこの娘はそれを知らぬまま生きていた、あの頃のサガと同じなのだ。違うのは、あの頃のサガを支えていた生き抜くための情熱がなく、この娘の中には払拭しがたい虚無が巣食っているらしい、と言うこと。
 ファレアはそれに気付いていたから、アニエスに何を言われても困ったように笑っていたのか―――――?

『サガ』

 刹那、耳元で当のファレアの囁く声がはじけた。パチン、と正に泡が弾けるような音と共に、少女の切羽詰った声がサガを呼ぶ。
 咄嗟にぐるりと頭を巡らせると、ファレアの真剣な視線とぶつかった。その横にはソールがうっすらと微笑んで立ち、深刻な顔のルサカとウィナが二人の皇子となにやら話し合っている。全員集合、と言った光景だ。
 ささやきの魔法で読んだファレアの声がアニエスに聞こえていたはずはないが、サガの視線を追って同じく視線を巡らせたアニエスは、面白そうに顔を歪めた。

「……………まぁ、ようやく犯人がお判りになったのかしら」

 そう呟いてふわりと自然な仕草で礼をし、ダンスの幕を引く少女はけれど、やはり彼女の知る犯人を口にする気はないようだった。



 ルサカ・バドランドは高貴な家の出ではないにせよ、《現代の聖女》と呼ばれる皇女エシィリアラ=ファレアの親衛隊長としてそこそこ名を知られている存在である。さらに加えてルサカ本人の甘いマスクと徹底的な女性崇拝主義により、帝城内のメイドたちには絶大な人気を誇っている。
 だが意外なことにこの男は、貴族出身でありながら親衛隊長にまで上り詰めた実績を持つことから、城内の衛兵たちにも根強い人気があるのだった。
 サガがアニエスにダンスに連れ去られたときにはまだ《引き寄せ》られた際の衝撃から立ち直っていなかったルサカだが、サガがファレアに呼ばれて戻ってくる頃にはすでにすっかり回復しており、その表情に思わしげで厳しい色を漂わせていた。
 それを目の端に捉えながらファレアに「何があった?」と尋ねると、視線だけでルサカを示す。まずは彼の話を聞け、ということらしい。

「どうだったんだ、ルサカ」

 サガが促すと、ルサカは一つ頷いて口を開いた。

「城内の噂で、いくつか気になるものがあった。先ず、それを目撃した衛兵は寝惚けていたのだろうと言っていたが………五日前に亡くなられたキヴェリエ伯爵の亡霊が、首を求めてさ迷っていると」
「おかしくはありませんわね。あのような亡くなり方をされたのですもの」

 当然のようなアニエスの言葉に、ピク、とファレアの肩が動く。五日前、ファレアの命を狙った咎でキヴェリエ伯爵を粛正したのはファレア自身。キヴェリエ伯爵と剣で渡り合った末にその首を刎ねた。その後骸は皇帝の命令によって首を城壁に晒され、胴体はさらに四肢に裂いた上で《死神殿》の闇に巣食う魔に与えられたと言う。
 その事実を恨みに思って亡霊となったのならおかしくない、と言ったアニエスの言葉は、直接ではなくても十分にファレアを断罪するそれになる。
 だが、すでにその報告を受けていたファレアは取り乱さなかった。それ以上の反応を見せることなく、厳しい表情で沈黙を守る。その様子を観察していたアニエスが、つまらなそうに鼻を鳴らした。さすがにあからさまな態度に、穏やかな苦笑を滲ませたアストレイが視線で妹をたしなめたが。
 さすがにダンスホールの隅とは言え、皇帝家が一堂に会する場所で、しかも今夜の夜会の主役三人を加えて輪になって話す連中は人目を引く。貴族たちや、他の皇帝家の面々は彼らを遠巻きに見つめ、そっとさざめく噂を漏らした。それがお貴族様という連中の《礼儀》なのだ。
 そんな中、帝妃ツェツィがパラリと開いた扇子で口元を隠しながら、そっと滑るように近付いてきた。

「皆様………何か、ありまして……………?」
「まぁ帝妃ツェツィ。他愛もない噂話でしてよ。お耳に入れる価値もございませんわ」
「そ、そうですか……でも、わ、わたくしも、姫様とお話しても宜しいでしょうか………?」

 アニエスの冷たい物言いに帝妃ツェツィは、いかにも気弱そうに儚く微笑んだ。自分の娘よりも幼い少女にも腰の低いツェツィは、構いませんわ、とファレアがにっこり微笑むのに力づけられたようにするりと身体を輪の中に滑り込ませる。
 ニコリ、と儚く微笑むツェツィと、にっこり艶やかに微笑むファレアは、血の繋がりなどまったく感じさせぬ様子で無言で見つめあった。そうしながら皇女のしなやかな手が、先を話すように、とルサカに合図する。
 忠実な臣下らしく、ルサカは強いて無表情を装って皇女の命令に従った。無意識なのだろう、ブランシェスの花飾りを弄るともなく触っている。

「次に、第二妃エウジェニアがここ半月ばかり、反姫君派の筆頭のガイザック伯爵と頻繁に書状を遣り取りされているということ。皇帝陛下が《死神殿》と急速に癒着されつつあること。キヴェリエ伯爵家の領地アンデュラスから魔術師の一団がキヴェリエ伯爵家に呼び寄せられたこと」
「ああ、それなら私が知っている」

 ルサカの言葉に、思い付いたような気軽さでアストレイが声を上げた。おや、と愉しそうなソールの視線に、ニッと笑い返すアストレイの表情はそれでも涼やかだ。
 そういえばソールの客の一人にこんなヤツが居たような……………?サガは知らず、遠い目になった。

「先日帝妃ツェツィに直接伺ったからね。キヴェリエ伯爵家は元々アンデュラス地方に基盤が在るだろう。あの辺りでは不幸な死を迎えた民は永久に地をさ迷うと言う信仰が在る。だから、先ほどルサカも申したキヴェリエ伯爵の亡霊の噂に心を痛めた帝妃ツェツィが、キヴェリエ伯爵の魂を慰める儀式を行わせる為に呼び寄せたそうだ」
「………あ、そ、そうです……………アストレイ様とミルトレイ様には申し上げましたけれど……………キ、キダルの亡霊がこの……………帝城をさ、彷徨っていると、聞きましたので……………」
(……………キダル?)

 それはファレアの手によって殺された、ファレアの命を狙い続けたあのキヴェリエ伯爵の名前ではなかったか。
 ドクン、と大きく心臓が鳴る。聞いてはいけない事を聞いてしまった気が、する。
 そっと儚く微笑むツェツィはいつの間にか、ぎゅっと縋るように扇子を両手で握り締めていた。

「キ、キダルがよもや………ひ、姫様の、御、御身に何か、しやしないかと……………大切な姫様の御身に……………わ、わたくし不安で……………」

 生来の気弱さのせいか、脅えるようにどもりながらとつとつと言葉を紡ぐツェツィの瞳は、ひどく柔らかく緩んでいる。けれども口元の辺りは小さく震え、内心から込上げてくる恐怖があることを示している。
 ドクン、ともう一つ、大きな音。じわじわと込上げてくる嫌な予感。
 それを音にしようと唇を動かしかけた瞬間―――――

 ……………ゴオォッ!!

 空中回廊で人々を襲った強い風が、卒然にダンスホールに吹き付けた。


to be continued.....


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