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ウタカタ ノ 夢





桜と共に、友は死んだ。



それは友達と言うにはあまりに遠く、友人なんて気取った呼び方をするような関係でもなかった。
まさに友としか呼べない存在だった。
名前も知らない友は、いつも駅前からまっすぐ自宅に向かって伸びていた道の、
途中の家の二階で白い寝巻きを羽織っていた。
何だかという病気なのだ、と言っていたが、どうにも聞き取れずにそのままでいた。
そしてそのまま、時が永遠に過ぎていくような錯覚を覚えていた。



僕が友に出会ったのは、桜の蕾が膨らみだした頃のことだった。
春の陽気に誘われて、偶然見上げた空の中に、柔らかい笑みを浮かべて窓に腰をかけていた。
存外近所に住まう同士であったのに、お互い顔も知らぬことに驚いたのをおぼろげに覚えている。
僕は名乗らず、友も名乗らなかった。
ただ、毎日姿を見ては視線を交わすだけだった。
何か話をしたのかもしれないが、何も話さなかったかもしれなかった。
友と、思っていたのは僕だけだったのかもしれない。
あるいは春の陽気がかけた魔法だったのかもしれない。
それでも僕は毎日その場所に通い、友はいつでも柔らかい笑みをたたえて僕を見つめていた。


桜の蕾がほころんだ頃、友は窓に腰をかけては、はらはらと舞い散る桜の花弁に手を伸ばしていた。
その骨と皮ばかりのやせ細った手は、それでもたいそう美しく見えた。
はらはらはらはら、花弁は舞を踊りながら、友の手の中に吸い込まれるように消えていった。
いつだっただろう。

『桜の精になるつもりか?』

いつまででも桜と戯れている友に、半分は嫉妬を感じ、半分は真剣にそんなことを言った僕に、
友は浮世めいた笑みを浮かべた。
その頃の友は、すでに生きているものとも死んでいるものとも思われない、そんな危うげな美しさがあった。

『それもいいね』

どんなつもりでそう言ったのだか、微かな笑い声を上げながら友は、確かに僕を見てそう言った。
いいね、と。
それで僕はもう何も言えなくなって、友ももう何も言わなくなって、
ただひたすらに友と桜が戯れるのを見守り続けていた。
桜は明らかに、友のことを好いているようだった。
それも当然のことだろうと、僕はぼんやりと思っていた。
だって桜は、友のためだけにその蕾をほころばせたのだ。
誰からも顧みられないままに、ただ友だけがその存在を心に留めていた、だから桜は咲いたのだ。
そう知っていたから僕は、桜を見ることはしなかった。
今だって、あの桜がどんな風に咲き誇っていたのだか、知らない。
桜は友以外に姿を見られることを、望んでいなかったのだから。
そうして桜と戯れていた友が、ふと思いついたように、僕に声をかけて来た。

『ねぇ』
『……………何』
『あげるよ』

そうして友が二階の窓から投げてよこしたのは、小さな桜貝のキーホルダーだった。
受け止め損ねて、一度アスファルトにかつんと跳ね返って、それから僕の足元に転がってきた。
もういらないからと、友は微笑んだ。
礼を言ったのだったか、僕はとにかく何かを言って、そのキーホルダーを学ランの胸ポケットに放り込んだ。
それから友を見上げると、溶けてしまいそうに柔らかい微笑が返ってきた。
ああ良いことをしたと、僕も小さく微笑んだ。


桜が冷たい雨に打たれて花弁を散らす頃、友はいなくなった。
姿を見なくなったと思ったら次の日には黒い幕が張り巡らせてあって、
もう次の日には黒い服を着た知らない人たちが出入りしていた。
葬儀社の立て看板を見て、初めて友の姓を知った。
友の母親らしい人が、誰かの写真を抱えて泣いていた。
僕には、それが誰だかわからなかった。
そのまま黙礼をして通り過ぎ、いつものように窓を見上げて友がいないのを確かめてから、
あああれは友の写真だったのか、と気がついた。
写真の中の誰かはあまりに明るい笑顔で、いつも儚く微笑んでいた友のそれとは似ても似つかなかった。
友のクラスメートらしい制服を着た少女たちが涙を流していた。
僕と同じ学校だったのだと、今さらながらに気がついた。

―――――友は果たして、本当にいたのだろうか。

思い出せば思い出すほどに、その存在があやふやになった。
あるいは本当に桜の精だったのかもしれなかった。
僕はなんだか、いても立ってもいられなくなったのだけれど、どうしたらよいものか方策がわからなかった。
ふと思い出して、学ランの胸ポケットを探ってみた。
友から貰った桜貝のキーホルダーは、あの日と同じ薄ピンクの光沢を放っていた。
これが友から貰った、友の存在する証だった。
僕はすっかり嬉しくなって、友が愛し、友に愛された桜の下に桜貝を葬ることにした。
けれど、あの日花弁を舞い散らせていた桜は、すっかり花を落として立ち枯れてしまっていた。
どうしたのかしらと人が言ったが、僕にはわかっていた。
桜は、友と逝ったのだ。
だから桜の根元に小さな貝殻を埋めて、それから桜に火をつけた。
灰になってしまった友と同じ場所へ逝ければいいと祈った。

それもいいねと、誰かが呟いた。





ふいに書きたくなった桜の花。
特に何か意図があったわけではありません。
せっかく綺麗な桜の花なのに、もったいないなぁ……………
と思っていたらいつの間にかこんなことに(死)
別にモデルもありません。
読みづらかったらごめんなさい。

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