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楽園の獣




「同じ匂い、って………つまり、そこのデカブツとあの森に居る人食いの獣どもは、同じってことか?」

 ナターシャの言葉を反芻して、朝月はそう確認した。無意識に視線が、耳を立てたまま寝そべっている闇色の獣へと向く。
 なにしろ―――――人食いの獣だ。それと、イーヴァが同じと言うことは。

(あまり考えたくねぇな………)

 心からそう思い、朝月は渋面を作った。だってそれは、つまり、イーヴァも人食いの獣だと言うことになるではないか。それはなかなか、旅の道づれとしてはぞっとしない。
 その心情を読み取ったのか、それとも別の理由からか、ナターシャはひどく複雑な表情を作り、もの言いたげな瞳で朝月を見つめた。干し肉を削る手は、今はもうすっかり止まってしまっている。
 パチパチと火がはぜる音のみが、しばらくの間その場を支配した。朝月は何も言わない。ナターシャも、何も言わない。
 だがその沈黙は、当のイーヴァによって破られた。

「―――――朝月、そなたの思うとおりだ」

 闇色の獣はのっそりと頭をもたげ、響くような太く低い声でそう言った。どうでもいいが、教えても居ないのに、この獣はずいぶん流暢にゾルファット語を操る。それも時代がかった、古ゾルファット語だ。中央大陸語から分化したばかりの頃の。
 それがひどく似合ってはいるのだが、どうにも違和感を感じずには居られない朝月を、イーヴァは金色の瞳を細めて見つめた。

「我は元は人食いの獣。〈黄金皇帝〉ガル・イーによって〈永久虜囚〉の監視を命ぜられし〈白亜の玩具〉の一つ、〈獣の王〉であるゆえな」
「………そういえばあの、フライって野郎もそんなことを言ってたな」

 朝月は頷いた。ようやく思い出して、いつの間にか止まっていた鍋をかき回す手を再び動かし始める。
 ナターシャの飴色の瞳が驚き、戸惑うようにイーヴァを見たが、獣は何も言わなかった。

「そういえば、聞いてなかったっけな。その、〈白亜の玩具〉ってのは一体、何なんだ?」
「正しくは〈輝く白亜の翼を駆りて黄金郷を守る十八の玩具〉と言う。〈黄金皇帝〉ガル・イーによって形作られ、魔法の息吹を吹き込まれ、その意のままに動くことを使命となし、至上の喜びとなす、〈黄金卿〉に仕える魔法生物だ」
「魔法生物………ッてことはお前、〈古代種〉どもと同じ化け物か?触らずに物を動かせたり、人の考えを読んだり、空を飛んだりするわけか?」
「そなたの認識には非常な誤解があると言えるが」

 闇色の獣は目を細めて頷いた。

「概ねは、そなたの思うとおりであろう。あるいは、我ら〈白亜の玩具〉はガル・イーの命によりかの民を監視する立場にあったゆえ、かの者どもよりもそなたの言う所の〈化け物〉に近いやも知れぬ」
『違う!イーヴァは〈獣の王〉じゃ。化け物などではない!』
「良い、ナターシャ。そなたら〈永久虜囚〉から見ても、我と我のしもべらは〈化け物〉であったであろう?ガル・イーはそのように我らを創られたゆえな―――――それよりナターシャ、言葉が戻って居るぞ」

 とっさに口をついて飛び出した中央大陸語を指摘され、ナターシャは顔色を赤くしたり、青くしたりして大いに不満を表明した。だがこの獣に対する有効な抗弁を見つけられなかったらしく、結局すねたように頬を膨らませ、恨めしげにイーヴァを睨む。
 そんなナターシャを、闇色の獣は金色の瞳を細めて見つめ、それから再び理知的な光を宿して朝月を振り仰いだ。
 ともすればまた、鍋をかき混ぜる手が止まりそうだ。だがここで貴重な食料を焦げ付かせて駄目にするわけには行かない。焚き火から少しばかり薪を引いて火勢を調節しながら、朝月は理性を総動員させて、イーヴァの言葉と夕食の鍋、両方に意識を集中させた。
 闇色の獣が、ゆったりと両前足を重ねる。

「さて、朝月。そなたは、そなたの申すところの〈古代種〉について、いかほどの知識を持つ?」
「―――――〈古代種〉ってのぁ滅びた旧時代の化け物だ。目に見えない、人間とは違う力を持ってて、150年前まで世界の支配者として、〈黄金郷〉を中心として栄え、俺たち人間を家畜みたいに扱っていた。それに耐えかねた人間たちが暴動を起こして〈古代種〉等を滅ぼして、俺たち人間がこの世界を取り戻した」
「ふむ、なるほど。そなたは博識な傭兵だな」

 イーヴァは心底感心したように肯いた。ナターシャがまた複雑な表情になったのを、チラ、と見つめる。

「ほぼ補足することはあるまいよ。かの民等はそなたの申すとおり、誰もが不可視の力を備えておった。たまに生まれながらに不可視力を持たぬ者もおったが、そういったものは例外なく〈畜人〉におとされ、〈黄金郷〉を追放されるか、奴隷とされた。また、かの民等が罪を犯した際にも、特殊な儀式によって不可視力を取り上げ、〈畜人〉に落とされたものであった」
「それが〈永久虜囚〉ってヤツラか?」
「否。〈永久虜囚〉は儀式を経てもなお不可視力を失わなんだ罪人等よ。ガル・イーはそのような者等を、遙かな地の果て、自力では帰還すること叶わぬ密林の奥に〈永久牢獄〉なる牢獄を創り、罪人等を押し込め、万に一つも脱獄せぬよう我に監視させたのだ」

 朝月は鍋を焚き火から下ろし、自分とナターシャの椀にそれぞれ中身をよそって、固パンを2枚ずつ添えた。そうして鍋の中身を空けてしまうと、慣れた仕草でごく少量の水で軽くすすぎ、新たに水を張って食後の飲み物用のお湯を沸かし始める。
 ナターシャの手から小刀を取り上げ、代わりに匙を握らせてやったが、当の本人はイーヴァに視線を釘付けにしたまま、それに気付いていたものかどうか。

「さて、一口に〈白亜の玩具〉と申しても、その姿も、役割も数多であった。そなたの申したとおり、先日見えしフライもまた〈白亜の玩具〉の一つ。かの者は〈蟲の王〉としてガル・イーの力を受けて巨大化した蟲等を操り、〈黄金郷〉を〈来るべき日〉まで守るのがその役割であった。我は〈獣の王〉。ガル・イーの力を受けて凶暴化し、人肉を食らう獣等を従え、〈来るべき日〉まで〈永久牢獄〉を監視し続けるのが、ガル・イーより賜った使命であった」
「〈来るべき日〉?」
「うむ。ガル・イーはかつて、我ら〈白亜の玩具〉にこう申された。『やがて〈黄金郷〉は一度滅び、民は散り散りになろう。なれどやがて、空の星座が〈黄金郷〉を形作る〈特別な日〉には、かの地の果てに捕らえし〈永久虜囚〉等の中より、我が血と我が使命を身に帯びし〈特別な娘〉が、〈黄金郷〉のすべての遺産を引き継ぐために現れる。そなたらの使命はその娘を守り、その娘に仕え、従うことである』と。
 やがてガル・イーのお言葉のとおり、〈黄金郷〉は滅び、かの民等は散り散りになった。遺されし我らはガル・イーの言葉を信じ、与えられた使命を各々に守り続け、〈来るべき日〉の到来を待ち続けた。我は〈永久牢獄〉の森にて。フライは〈黄金郷〉にて。そして他の玩具等は、それぞれに与えられた場所にて」

 そして〈その日〉は訪れたのだ―――――と闇色の獣は言った。

「〈永久牢獄〉にはやがて〈特別な娘〉が生まれた。ガル・イーの約束の日が近いことを悟り、我らは歓喜した。そうしてあの、天空の星座が寸分の違いなく〈黄金郷〉を形作った日に、フライは〈永久牢獄〉より〈特別な娘〉を誘い、〈黄金郷〉へとお連れした―――――それが女王キリア。ナターシャが取り戻さんと望む娘だ」

 


 




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