home
判らない語句はこちらから検索→  
writing fun connect renka
novel poem word&read juel chat mail profile book


 

楽園の獣




 ところで、そもそも一行がグリッダの森へ足を伸ばしたのは、ナミヤの街の女鍛冶師に受けた依頼が理由だ。かつての英雄イクスが頼みとしたという、伝説の名剣エスカーヴァ。グリッダの森に眠るその名剣を、取ってきて欲しいというのがその依頼。
 蟲等の去った血臭漂う森の中で、朝月は改めて辺りを見回し、状況を確認した。グリッダの森は長らく人食いの獣に支配され、余人が立ち入ることを許さなかったため、エスカーヴァが森のどこに隠されているのか、ナミヤで情報を集めたが誰も知らなかった。
 ナターシャとイーヴァによって件の人食いの獣がイーヴァと同じ魔法生物らしいことが判ったが、当の魔法生物は先の蟲等の襲撃で食い殺されている。手がかりは消えうせた、と言っても過言ではない。
 見回してもどうやらそれらしきモノは影も形も見当たらず、朝月はガリガリと頭をかいた。チッ、と大きく舌打ちする。

「ったく。この依頼ぁケチがつき過ぎだ」

 女鍛冶師はエスカーヴァを手に入れられなくても仕方がない、と言った。それは、エスカーヴァが使い手を選ぶ名剣であると言う噂であり、英雄イクスの遺物としてナミヤの屈強の男たちが持ち帰ろうとしても、エスカーヴァは巌と化した獣の死骸に突き刺さり、微動だにしなかった、と言われているからだ。
 だから依頼的に、エスカーヴァを持ち帰れなかったとしても、問題はない。ないのだが。

(幾らなんでも、モノを見つけられませんでした、ってのはなぁ)

 見つけたが持ち帰れなかったのとは、見かけ的にも本人のプライド的にも、天と地ほどの差がある。
 チラ、とナターシャがそんな朝月を見て、イーヴァに伺うような視線を向けた。うむ、と闇色の獣は金色の瞳に深い感情を浮かべて肯き、無言のうちにそれを読み取ったナターシャはまた不思議そうに朝月に視線を戻す。
 だが再びイーヴァの金色の瞳が自身に向けられると、ナターシャは振り返り、飴色の瞳をほんの少し丸くした。小さく肯き、残された蟲たちや獣たちの残骸を、踏まないように気をつけながら、恐れ気もなく手をかけて脇に避け、何かを探し始める。
 ああ?と朝月が剣呑に眉を寄せた。

「何してやがる?」
「カナメ、探す」

 ナターシャの言葉は相変わらず訥々としているが、随分意思の疎通は叶うようになって来た。人に言葉を一から教えたことなど、朝月は生まれてこの方初めてだったが、おそらく随分と物覚えの良い少女に分類されるだろう。
 とはいえ、言語能力は説明能力とは、まったく切り離して考えられるべきもので。
 数々の骸を押しのけ、がさがさと辺りの草むらを欠き分けたり木立を見上げたり、そこらの地面を落ちていた木切れで掘り返し始めた少女はひとまず置いておき、どうやらその指示を出したと思しきイーヴァのほうに視線を向けた。

「おい、デカブツ。一体何をおっぱじめたんだ?カナメってのぁなんだ」
「そなたは名剣エスカーヴァを手に入れるべく、この森へやってきたのであろう?ゆえに、ナターシャにカナメを捜させておる」
「だからそのカナメってのぁ………ッ」
「魔力の要。乃ち、この森を永きに渡って守り続け、名剣エスカーヴァを守護せしめし、魔法生物どもの源よ」
「………どういう意味だ?」

 理路整然としたイーヴァの言葉に、朝月ははっきりと眉をひそめた。
 そもそも、いつの間にやら魔法生物だの不可視力だのが普通の言葉として飛び交っているが、本来それらはすべて、はるか昔に〈古代種〉とともに滅び去った、忌むべき言葉なのだ。〈古代種〉―――――生まれながらにヒトにはない不思議な、超常の不可視力を使う生き物。かつてヒトを支配し、その暴挙に放棄したヒトによって最後の一人に至るまで滅ぼされた―――――表向きは。
 その表向きではない存在が、ここに居るナターシャであり、彼女が取り戻さんとする幼馴染にして〈黄金郷〉の女王キリアだ。否、村が在ったというからにはもっと多くの〈古代種〉が生息しているのだろうし、それ以外にもイーヴァにフライ、エヴァインと言った魔法生物まで登場している。
 まったく、どこの悪趣味な御伽噺に紛れ込んだものだか。振り返るだに朝月は、そう頭を抱え込まざるを得ない。
 実際、頭をガシガシかいて事態を整理しようと努める朝月に、コレは根本的な説明が必要そうだ、と理解してイーヴァは、常に目の端にナターシャの姿を捉えるように気をつけながら重々しく口を開いた。

「そなたらが魔法と呼び、不可視力と呼ぶ力にも、確固たる存在の理由があり、法則があるのだ」

 ナターシャが大きな石を転がして、勢い余ってひっくり返って尻餅をついた。あの程度なら大丈夫だろう。《永久牢獄》の村を出て人間の世界まで旅をしてくることは、イーヴァの助けがあってもなお、彼女には過酷な試練だった。

「まずは、魔法だけを説明しよう。魔法には幾つかの種類がある。力の源を有する言葉にて力を発するもの。その言葉を法則を持って組み立てるもの。力あるモノを媒体として効果を発言させるものなどだ。厳密に言えば、先刻のナターシャの《神歌》も魔法の一種よ」
「―――――結局のトコは、目にも見えなきゃ触れもしねェモンってことだろ。そんだけ判ってりゃ十分だ」
「そうであろうな。そなたが、我らをそなたらと異なるバケモノであると断ずるには、十分であろう」

 だが、とイーヴァの言葉に不満そうな朝月を見上げる。

「そなたは傭兵だ。今後、我ら以外にも同種の相手をすることが、まったくないとは言えまい?知っておいて損はあるまいよ―――――そもそも、そなたは、そなたが眼前の光景を見、足の筋肉を動かして地を蹴り、剣を振るい、心の臓を動かし血潮を流す、その理由すら知りはすまい?魔法もまた同じことよ。判らぬでも、法則があり、存在がある。それを理解して居ればよい」
「それは………」
「今ナターシャに探させて居るのは、先ほども申した通り、永きに渡って名剣エスカーヴァを守護せしめし魔法の獣の源たる要だ。一体どれほどの月日が経っているものかは我にも判らぬが、人間の世で伝説となりしほどの月日を永らえる魔法生物であれば、確実に要がある。要さえ無事ならば、魔法で作られし肉体がいかに損なわれようとも、彼奴ら自身が滅びるわけではない」
「あ〜〜〜、つまり、何だ?見た目が亡くなっても、大元が無事ならいつかは復活する、ってヤツか?」
「いかにも」

 闇色の獣は肯き、朝月もまたなるほど、と肯いた。正直魔法だの要だのはちんぷんかんぷんだが、戦争に当てはめて考えれば何となく理解できる。つまり、その要とやらが大将で、実際に出てくる獣が朝月のような傭兵を含む雑兵ってことだろう。雑兵が幾ら切り捨てられたところで、大将さえ無事なら戦争はやり直せる。国さえ、一度滅びても王の血統が無事ならやがて復活することが出来るように。
 そう考えると、ナターシャに要とやらを探させるイーヴァの意図も理解できようと言うものだ。
 まだ疑っているわけではないのだが、この森に立ち入ったものを引き裂くと言われる獰猛な人食いの獣が正しく魔法生物であり、何らかのモノを要として使っているのなら、その要になっているものを破壊しない限り、獣はまた現れるのだ。それを防ぐために、イーヴァはナターシャに要を探させているのだろう。
 だが、朝月の表情からそれらの思考を読み取った闇色の獣は、否、と金色の瞳を細めた。

「我がナターシャに要を探させて居るのは、そなたの思惑とはまったく逆だ。要が見つかれば、我の魔法力を持って森の獣を復活させることが出来る。或いはナターシャの《神歌》によってな。それゆえに、我は要を求めて居るのだよ」
「…………はぁッ!?」

 朝月はこれ以上なく目を見開いて、誇らしげに額の角を点に掲げる闇色の獣の正気を疑うように、上から下まで眺め回した。




<back<   ∧top∧   >next>





top▲