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■ いざ酔う月に落ちる影 ■






 まぁそろそろ連絡が行く頃かとは正直思っていた。
 実際問題として最近の素行は非常に悪かったし、そんな自分の行動に新寮長がカリカリしているのは知っていたし。
 もっとも、言わせてもらうならば今までの方がよっぽど規格外だったのだ。
 自分は振る舞いたい様に振る舞っているだけで、それに対して「前寮長の時は」だの何だの言われる筋合いは全くないし。
 件の前寮長は、なまじっか後見人の息子だと言うことでさしもの斎賀伶も下手に逆らうことは出来なかったし。
 そんな自分をどう判断していたのかは知らないがくどくどくどくど向こうの方がしつこくお説教してくるのが鬱陶しかったから、 多少行動に手心を加えていたぐらいで。
 そうだ、だから確かに新寮長になってから手心を加えなくなった分、素行は悪くなったと思う。
 それでなくても自分の奔放な振る舞いの幾許かをあの、口うるさく睨んでくる前寮長がその実フォローしていたことも知っている。
 そんな事は一ミリも頼んでないくせに勝手に動き回って感謝しろとばかりに視線を向けてくる彼が、伶はひどく煩わしく大嫌いだった。
 後見人の息子でさえなければ絶対に関わりたくないタイプだ。
 だが現実問題として前寮長は後見人の息子で伶自身の遠縁の親戚にも当たり、無視してしまうことは出来なかったから、伶はひどく窮屈な思いを感じながらもある程度彼に遠慮していたのだ。
 だから、彼の卒業によってその箍が外れた自覚は、確かにあった訳で。
 全寮制のこの学園で規律を乱すと言うことがどういう事か、判らないほど伶は愚かではない。
 ただ後見人に押し込められたこの学園で篭の鳥のように息を殺して過ごすことは、伶にとっては生きながら死ぬような苦痛だった。
 幸いにして堕落は伶が求めずとも向こうから彼を慕って手を伸ばす。
 その手を取るのはひどく簡単。
 退屈に任せて堕ちていくことは伶にとって、日常に彩りを添える為の刺激以上のどんな意味も持たなかった。
 そうでなければとっくに退屈で息が詰まって死んでいた。
 けれども、奔放すぎる振る舞いにいつまでも学園や新寮長が目を瞑っていられないだろう事も、伶は理解していたのだ。
 だがせいぜい後見人から電話がかかってきて注意されるぐらいかと思っていた。
 その程度なら今までも良くあったことだし、あの男の声を聞くのは不快だったけれどそれで事が収まるなら聞き流していれば問題ない。
 そう思っていた、のだが。

「どうして君が来るんだ………」

 呼び出された指導室でよりによって一番苦手な前寮長の姿を目にした瞬間、さすがの伶もぐったりとため息を吐いて顔を覆った。
 伶はどちらかと言えばあの後見人より息子の前寮長―――――九条鷹見の方がすこぶる苦手だった。
 父親の九条鷹久の方はくどくど文句を言ってくるのを適当に聞き流して言うことを聞いてやればそれで済む。
 それ自体がうざったいことに変わりはないが、それさえ我慢すれば基本的に問題ない。
 だがこの九条鷹見は、そういうアバウトな対応を一切許さない生真面目な性格で、伶はそういう所がひどく嫌いだった。
 なまじ歳が近いせいもあるのかもしれないが、鷹見の言葉の一つ一つはひどく伶の神経を苛立たせるのだ。
 大学の帰りにでもやって来たのか、彼にしては随分ラフなモノトーンのシャツの上にブレザーを羽織った鷹見は、むっつりと腕を組んで部屋に入ってきた伶を不機嫌に睨み上げている。
 その隣で新寮長が得意げな意地の悪い笑みを見せているのに目を留めて、伶はもう一つ大きなため息を吐いた。
 なるほど、手綱を取れない己の力量不足を棚に上げて、学園内で唯一斎賀伶の手綱を取ることの出来た敬愛する先輩に泣き付いた訳だ。
 それが端から見てどれほど情けなく映るかまでに、この男の思いは至らなかったのだろうか。
 そう考えるとますます事態が馬鹿らしくなって、伶はブレザーのポケットに手を突っ込んだままぞんざいに鷹見を見下ろした。

「………それで君は何を言いに来たんだ」
「お前のことだ、伶、心当たりはあるだろう?」
「残念ながらあり過ぎて特定できない。鷹見、もし良ければ一から説明してくれると有り難いのだけれど」

 ひょいと肩を竦めたのに、新寮長が殺気立った視線を送ってきたが伶の気にする所ではなかった。
 この新寮長が鷹見のことをまるで神のように崇めていることは知っている。
 だがそれに気を使って鷹見相手に態度を改めるような趣味は伶には生憎存在しなかった。
 もっとも、同じくいまいましげに舌打ちして睨み上げてくる鷹見の視線には、もう一つ肩を竦めて答える。
 12歳の頃から知っている鷹見がこういう態度を取る時は、結構真剣に怒っていることが多いのだ。
 ここで余計なことを口にして逆撫ですることもあるまい、と判断した伶は、それでもわざとゆっくりと腕を組んだ。

「鷹見。僕はひどく退屈している」
「………ああ、そうなんだろうな。そうでなければこんな下らない真似はしないだろう」
「さあね」

 もういちど肩を竦めたのは嫌味だ。
 伶のしていることが下らないと言う、その九条鷹見の属する九条家がやっていることは何だ、と可笑しかったのだ。
 確かに誘われるままに同性・異性を問わず寝て回るのは愚かな行動だと言う自覚はある。
 誓って一度として自分から誘ったことはないが、伶に抱かれたいと身を投げ出すものは掃いて棄てるほど存在する。
 逆に頼むから抱かせてくれと土下座されたことも数知れない(勿論その場できっぱり断ったが)。
 退屈凌ぎにそれらの相手をすることが誉められたことではないとは、それでも伶は自覚している。
 だがならば、その正論を振りかざす鷹見は。
 鷹見の背後にある九条家は。
 巧妙に隠してはいるものの、同じ屋敷の中で行われていることであれば、伶が気付かない筈もない。
 人身売買を、年頃の少年少女を商う九条家の真の姿に、伶が気付かずに居れる筈もない。
 そして伶が気付いていることに、鷹見も気付いている筈なのに何も言わないのは、その事実を是認しているからだ。
 人身売買を良しとする鷹見が、伶の行動は下らないと吐き捨てる―――――そのギャップが可笑しくない筈があろうか。
 ちっ、と鷹見が舌打ちする。

「伶。あと二年、どうすれば大人しくしていられる」

 忌々しそうに妥協線を見出そうとする鷹見の態度が苛立たしくて仕方がない。
 こういう態度も伶は嫌いだ。
 鷹見はことごとく、狙ったように伶の気に障る行動を取る。
 普段ならそれを逆にからかって遊ぶだけの余裕はあるが、生憎今の伶にはそんな余裕は存在しない。
 クスッ、と唇だけを歪ませた伶の表情は、それでもなお貴公子然としていた。

「ハレムでも欲しい、と言えば君はくれる訳?」
「それで伶、お前が大人しくするのなら許可しよう」
「…………ッ!!」
「九条先輩!?」

 返された言葉にさすがに声を失って目を見開いた伶と、思わず非難の声を上げた新寮長の視線を一身に受け、それでも鷹見はう ろたえた素振りをちらりとも見せなかった。
 泰然と腕を組んで椅子に座ったまま、ただ伶だけを睨み上げるように真っ直ぐ見つめる。

「それがお前の本心とも思えないが、伶。お前が後二年、大人しく学園に居ると約束するなら俺が許可する」
「な………っ、九条先輩!!何をおっしゃってるんですか!?」
「ああ、お前は気にしなくて良い。この件に関してはすべて俺が責任を持つ」
「九条先輩ッ!!」

 新寮長ははっきりと非難の悲鳴を上げた。
 彼にとっては確かに理解できないことだっただろう。
 彼にしてみれば問題児の斎賀伶を諌めてもらい、通常の学生生活を送らせる為に鷹見を呼んだのであって、まさか敬愛する先輩自らが彼の堕落を許すなんて想像も出来ない事態だったのだ。
 だが鷹見は揺るがない。
 その態度に伶は戸惑い―――――不意に、興味を失った子供のように事態を全て放り出した。

「そんなもの要らないよ。返って煩わしいだけだからね」
「伶」
「【九条家】は余程僕をここに閉じ込めて置きたいらしい。それが後見人の意思なら、被後見人である僕は従うしかないのだろうね」

 それは伶にとってひどく退屈でつまらない選択だった。
 だがこの、真面目が服を着て歩いているような男が伶の発言を許可すると言う。
 あまつさえ全ての責任は自分が取る、と言う。
 その事実もまた伶を苛立たせ、同時に自分を取り巻く世界のすべてに興味を失ったのだ。
 そんな自分の思い通りに動くような世界になんて、伶は最初から興味の欠片も抱いていなかった。
 そんな世界を許容するくらいなら最初から諦めた方が、余程伶にとって楽しい時間が過ごせると言うものだ。
 大人しくしてさえ居れば、刺激はまだ向こうから転がり落ちてくる。
 第一鷹見の言う通り、確かに伶は鷹見を困らせてやろうと思って「ハレム」なんて発言をしたのであって、本心からそれが欲しいなんて一ミリも思っていない。
 そんな煩わしいことに巻き込まれるくらいなら部屋に閉じこもって本を読んでいた方が遥かに有意義だ。

 ………そんな事、どうせ鷹見なら理解した上で嫌味の一つも返してくるかと思ったのに。
 そう思うとますますつまらなくなって、伶は冷めた瞳で鷹見を見下ろした。
 見上げてくる鷹見の真っ直ぐな視線がひどく煩わしかった。



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