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■ 千日遊戯 ■






 草木も眠る丑三つ時、痛いほどの沈黙に彩られた闇の中。
 ぎりぎりまで光源を絞った為に忘れられたような印象のあるベッドスタンドのほの灯りの下で、はぁー、と九条鷹見は深い深いため息をついた。

(またやった……………)

 傍らにはぐったりとベッドに沈み込み、泥のような眠りを貪る斎賀伶の姿が在る。
 それが同じベッドの隣でがっくり肩を落として顔面を覆っている鷹見ともども一糸纏わぬ姿となれば、鷹見の後悔の種類も知れようというものだ。

 何のことはない、いつものように理性の箍を飛ばした鷹見が伶の静止も聞かず暴走した、というだけのこと。

 しかしながら、当の本人にとってはこれでも深刻な状況だった。
 何しろほんの数日前にも同じパターンで鷹見は、伶をひどく怒らせていたのだ。
 それがようやく許してもらえたのが今日―――――すでに昨日か―――――のこと。
 その直後に再びコレ、では、今度は伶がどれほど怒っているものか、鷹見にはちっとも想像がつかなかった。

(絶対怒ってる、よな?)

 ほの明かりの中でぼんやり浮かび上がる彫刻のような伶の寝顔をちらりと見ながら、もう一つため息をつく。
 困ったことに、どんなに考えても伶が怒っていない理由が思いつかない。
 多分平謝りするしかないのだろうけれど、今後は一体どれぐらいで許してもらえるものか。
 斎賀伶という青年は死ぬほどプライドが高い。
 恋人である鷹見にすら不用意な姿や隙のある所を見せるのを本気で嫌がる位、プライドが高い。
 他人に弱みを見せる位なら死んだほうがマシだ、と本気で考えていて、多分そんな場面になったら躊躇いなくそれを実行してしまうんじゃないかと思えるほど、プライドが高い。
 それは伶個人の性格も多分にあるのだろうけれど、本当は伶の生い立ちもそこに関係しているのかもしれない、と鷹見はこっそり考えていた。
 中味はともかく見てくれは人形のように美しい伶は、昔から良く理不尽な評価をされることが多かった。
 それらを跳ね除ける為に、卑屈にならない為に、自分らしく在る為にはきっと、並々ならぬ自分自身へのプライドが必要だったことだろう。
 そうでなくばあれほどまでに、何があっても背筋を伸ばして前を見据えることなど出来やしなかっただろう。
 その態度が正しかったとは、お陰で散々苦労した鷹見には口が避けても言えないが、あのプライドの高さがそれに起因するのであれば十分に同情の余地はある、とは思っていた。
 だがこんな時はまったく別だ。
 それほどまでにプライドの高い伶を怒らせると、ちょっとやそっとじゃ許してもらえない。
 ひたすら謝り続けて機嫌を取り続けて、それでようやく許してもらえるのだ。
 ちなみに前回が三日。
 その前は十日。
 さらにその前になると一週間近くかかってようやく許してもらえた。
 ひどい時には半月近く『おあずけ』状態だったこともある。

(今度は一ヶ月くらいかかるだろうか……………?)

 それは幾らなんでも哀しすぎる、と鷹見はますます肩を落としてため息をついた。
 許してもらえた当日にやってしまったのはさすがに初めてのことなので予測がつかないが、伶の性格から鑑みればそれは十分考えられることだ。


 ―――――でもきっと、それでも伶は最終最後、絶対鷹見を許してくれるのだろうから。

 甘やかされてるな、と思うのはこんな時だ。
 鷹見が口にするワガママを、眉をしかめて、本当にしぶしぶといった体で、それでも伶は許してくれる。
 それに気づいた時はいつも、鷹見はとても―――――暖かい気持ちになるのだ。
 ぼんやりとしたほの灯りに照らされる伶の顔は、今はしっかり目蓋が閉じられており、色素の薄い宝石のような瞳は隠されている。
 ずっと、幼い頃から憧れていたあの澄んだ日本人離れした瞳が、こちらを向けば良いと思っていた。
 ただ鷹見だけを映してくれれば良いと思っていた。
 それが子供じみた独占欲から形を変えたのがいつの頃だったのかもう判らないけれど、気付けば鷹見の胸のうちに巣食う感情は、ただの憧れから、欲望を伴った激しいものになっていた。

 今の鷹見は、あの瞳を独占する僥倖を得た。
 鷹見を映す伶の瞳は、いつもは呆れたような表情だ。
 時には冷たさすら感じさせるその瞳に時々、ふわりと笑みが滲むのが、鷹見はとても好きだった。
 それは時々頼りなく揺れることもある。
 悪戯を思いついた子供のように輝く時もある。
 熱に浮かされたような色で鷹見しか見えなくなった時の瞳はまるで麻薬のよう。
 一度あの瞳に出会ってしまえばきっと二度と逃れられない。
 幾度でもその瞳を求めてしまう、それはそんな色をしている。


 さらり、と弄ぶように伶の前髪に指を絡めながら、鷹見は静かに眠り続ける伶を見つめていた。
 少なくとも、明日の朝になれば伶の瞳は鷹見を映すのだ。
 その事実だけでも鷹見には十分、幸せを感じるものだった。



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